第31話 別視点:王都門番の悔恨と「黄金の移住」

王都の正門で二十年、門番として槍を握り続けてきたベテラン兵士のハンスは、信じられない思いで目の前の光景を眺めていた。かつては王国全土から富が集まり、世界で最も華やかだと言われた王都のメインストリートは、今や閑散とし、立ち並ぶ商店の看板は色褪せている。


その一方で、王都の住民たちは一様に「北」を目指していた。アレンが築き上げた至高の都、そして今や王都を飲み込もうとしている「第二居住区」への移住行列だ。


「ハンスさん、あんたもいつまでそんな錆びた槍を持ってるんだい? 早くあっちへ行こうぜ。アレン様の都じゃ、門番だってオリハルコンの鎧を着て、毎日『飛竜のから揚げ』を食ってるって話だぜ」


列に並ぶ馴染みの行商人が、ハンスを揶揄うように笑った。ハンスは自嘲気味に、自分の槍の穂先を見つめた。王立武器屋で作られたはずのそれは、魔力調整の要であったアレンがいなくなってから、研いでも研いでも鈍い輝きしか放たなくなっていた。


「……俺はあの日、アレン様がたった一台の馬車でこの門をくぐり、追放されていくのを見送ったんだ。『無能が消えて清々した』なんて言っていた当時の隊長に、同調して笑っちまった。あの時の自分を、今の俺は殺してやりたいよ」


ハンスの脳裏には、数日前に視察で訪れたアレンの都の「衛兵詰所」の光景が焼き付いていた。 仕事の合間に、情報の重要性を知る行商人の手引きでこっそり覗き見たそこは、ハンスの知る「兵舎」とは別の世界だった。


詰所の食堂からは、火焔鳥の脂で揚げた「大岩鳥の黄金から揚げ」の、脳を痺れさせるような香ばしい匂いが漂っていた。 「おい、今日のから揚げは一段とジューシーだな! 隠し味に『真珠苺』の果汁を使ってるんだろ? 疲れが吹き飛ぶぜ!」 「デザートの『黄金りんごのシャーベット』も忘れるなよ。診療所の最高級ポーションより、こっちの方が身体に効く気がするぜ」


そんな会話を交わしながら、衛兵たちは眩いばかりのオリハルコン防具を調整していた。彼らが受けている「労働依頼」は、王都のような利権争いではなく、純粋に市民を守るための誇り高い任務だ。 ハンスは、自分が守っている「古い王都」がいかに空虚で、嫉妬と策略に満ちた場所だったかを痛感した。


「ハンス隊長! 報告です。旧魔導ギルドの残党が、地下水道の『浄化依頼』をボイコットしようとして、アレン様の自警団に一蹴されたそうです。彼ら、今は泣きながら泥水を啜って掃除を再開していますよ」


部下の若い兵士が、半ば笑いながら報告してくる。かつては王都でふんぞり返っていた「無能な権力者」たちが、今やアレンが定めた理の中で、最も卑近な労働に従事させられている。その「ざまぁ」な光景は、王都で冷遇されてきた平民兵士たちにとって、何よりの娯楽となっていた。


ハンスは、重い槍を地面に置いた。 「……もういい。俺も行く。アレン様が産み出した、あの至高の日常の一部になりたい。あの日、見送った俺が、今度は追いかける番だ」


彼は鎧を脱ぎ捨て、一人の「移住希望者」として、黄金の光を放つ北の都へと続く列に並んだ。 その列の先には、アレンが再定義した世界――。 武器屋には折れない剣があり、雑貨屋には万病を癒やす薬があり、そして何より、誰もが腹一杯に「至高の食」を楽しめる、夢のような現実が待っている。


情報の物流管理を担う行商人たちが、ハンスのような脱落者を「新しい労働力」として歓迎し、案内していく。夕暮れ時、ハンスは移住者の受付センターで配給された、太陽麦の厚焼きパンと、雲クジラのクリームシチューを一口啜った。 「……なんだ、これは。俺たちが今まで『食事』だと思っていたものは、一体何だったんだ」


涙を流しながらシチューを飲み干した元門番の視線の先には、宝石のように輝く魔法灯が灯り始めた、アレンの至高の都が広がっていた。 嫉妬によって至宝を捨てた王都の門は、今や外敵を防ぐためではなく、豊かさへ向かう人々を送り出すための、ただの「穴」へと成り果てていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る