第26話 王の招聘と至高の拒絶

王都公爵が広場で泥にまみれ、黙々と清掃の「労働依頼」に従事する姿は、瞬く間に行商人たちの口を通じて王国全土へと知れ渡った。アレンは領主邸の執務室で、新たに作成された「王国全域物流予測図」を広げ、次なる一手を練っていた。 執事が運んできたのは、自領の深山で採取された雲霧草を、アレンが再定義した圧力抽出法で淹れた特別なハーブティーだ。一口啜れば、全身の魔力回路が春の陽光を浴びたように活性化し、思考が水晶のごとく透き通っていく。


「アレン様、王都から公爵の不祥事を受け、国王陛下自らが動かれました。特使として派遣されたのは、王立魔導院の院長と近衛騎士団の副団長です。彼らは陛下の親書を携え、アレン様を王国の『最高技術顧問』、ならびに『辺境伯』の爵位をもって王都へ迎え入れたいとの意向を示しております。現在、彼らは門外で拝謁を願い出ておりますが、公爵の惨状を目の当たりにして、一様に顔を青ざめさせているようです」


執事が静かに報告すると、アレンは鼻で笑った。 かつて自分が追放された際、黙認という形で公爵の暴挙を許した王家が、今さら自分を「王国の至宝」として扱おうとしている。彼らが求めているのはアレンの才能ではなく、アレンが独占している特許管理の権限と、物流管理によって産み出される莫大な富、そして何より「至高の日常」そのものだ。


「最高技術顧問か。随分と安く見積もられたものだ。使者たちには伝えておけ。『私は今、街の新たな特産品の試食で忙しい。用件があるなら、我が都の商業ギルドで受付を済ませ、三日後の一般参賀の列に並べ』とな」


アレンは席を立ち、今日も賑わいを見せる街の市場へと向かった。 今日の露店通りには、北方の氷原領から命がけで運ばれてきた「氷晶大ウニ」と、アレンが温室で育成に成功した「焔りんご」の共演が並んでいた。


「領主様! 本日の自信作、氷晶大ウニのムースを添えた『焔りんごの冷製ガレット』です。仕上げには、天空を回遊する雲クジラの背脂から精製した至高のバターを効かせてあります。から揚げも今日は特別に、魔力を帯びた『雷鳴鳥(らいめいちょう)』のモモ肉を使い、二度揚げの最中に地底湖の蒸留酒を霧状に吹きかけて、香りを閉じ込めました」


露店商が誇らしげに差し出す皿。ガレットを一口頬張れば、氷のような冷たさと、焔りんごの官能的な甘みが口の中で爆発し、完璧な二重奏を奏でる。雷鳴鳥のから揚げは、噛みしめるたびに微細な魔力が弾け、疲れた身体に活力が満ち溢れていく。 周囲では、武器屋や防具屋で調整を受けたばかりの最新装備を輝かせた冒険者たちが、屋台で買った熱々の「大角鹿の心臓シチュー」や「骨付き肉のスパイス焼き」を豪快に楽しんでいた。


酒場では、情報の重要性を知る行商人たちが、王都の惨状を肴に、アレンが提供する「地底熟成ミード」を酌み交わしている。 「王宮の晩餐会じゃ、今やスカスカの肉と酸っぱいワインしか出ないってよ。王様がアレン様に頭を下げに来るのも時間の問題だな。ざまぁ見ろってんだ」 そんな声がアレンの耳に心地よく響く。


午後、アレンは約束通り、三日間待機してようやく拝謁を許された王都の特使たちと対峙した。 かつて王都で権威を振るっていた魔導院長は、アレンの執務室に配置された「自動魔力循環装置」のあまりの高度さに腰を抜かし、絨毯に額を擦り付けていた。


「アレン様、どうか……どうか王都の魔導インフラを救っていただきたい。陛下も深く後悔されております。閣下が最高技術顧問として王都に戻られるなら、過去の不敬はすべて白紙にし、王都の北区半分を閣下の私領として差し上げると仰せです」


「北区半分? 笑わせないでほしい。この都の路地裏一つにさえ、今の王都の全価値は及ばない。私が求めているのは、王国への帰還ではない。王都の『完全な経済統治』だ」


アレンは冷徹に、一通の「技術供給契約書」を突きつけた。


「王都の全魔導具の特許権を我が都に譲渡しろ。そして、物流管理の拠点をすべて我が商業ギルドの管轄下に置くことだ。王家は今後、私への『ライセンス料』を支払うことで、辛うじてその地位を維持できると思え。拒否するなら、王都はそのまま枯れ果て、歴史から消え去るがいい」


特使たちは絶望に顔を歪めたが、今の王国に選択の余地などないことを理解していた。 夕暮れ時、領主邸に戻ったアレンを、料理人が腕を振るった至高の晩餐が迎えた。 テーブルには、双頭牛のヒレ肉を使ったペッパーステーキ、銀鱗魚のカルパッチョ、そしてデザートには、メイドが用意した冷たい「天国鳥の卵プリン」と「真珠苺のタルト」が並んでいる。


「嫉妬と策略で人を捨てた王家の末路だ。存分に噛みしめるがいい」


アレンは静かに紅茶を飲み干すと、窓から見える、もはや王国そのものを飲み込もうとする魔法灯の輝きを眺め、穏やかな眠りについた。 至高の辺境開拓は、今や王都さえも隷属させる「経済の心臓部」として、揺るぎない理を確立していた。

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