第25話 公爵の失墜と至高の清掃依頼

アレンは領主邸の執務室で、優雅に朝のひとときを過ごしていた。 執事が静かに差し出したのは、標高三千メートルを超える断崖にのみ自生する「氷晶茶」だ。アレンが創造魔法で再定義した抽出器によって、茶葉の持つ魔力的滋味と、精神を研ぎ澄ます清涼感が見事に引き出されている。 窓の外には、今日も整然とした白亜の街並みが広がり、都の活気ある声が心地よい旋律となって響いていた。


「アレン様、王都公爵家本人が、ついに正門前に到着いたしました。先日の特使の報告を受け、自ら頭を下げる覚悟を決めたようです。かつての豪華な馬車は魔力枯渇で車輪が歪み、公爵自身の衣装も埃にまみれ、見る影もございません。現在は門番による厳格な入街審査を待たせております」


執事が淡々と告げると、アレンは不敵な笑みを浮かべた。 かつてアレンを「無能」という一言で切り捨て、この荒野へ追放した張本人が、今やその荒野が産み出した至高の文明に縋らなければ生きていけない。これ以上の爽快感があるだろうか。 アレンはすぐには面会を許さず、公爵を門前で数刻待機させるよう命じた。


「かつての私と同じように、待つという日常の屈痛を味わってもらおう。私はこれから街の視察を兼ねた昼食に出る。彼には、我が街の繁栄を外から眺める特等席を用意してやれ」


アレンは領主邸を出て、活気あふれる中央市場へと足を運んだ。 今日の市場は、アレンが新たに指名依頼の報酬として解禁した「幻の食材」で沸き立っていた。 屋台からは、火焔鳥の脂でカリカリに揚げた「飛竜の軟骨から揚げ」や、世界樹の葉を巻いてじっくりと蒸し上げた「銀鱗魚の包み焼き」の香りが立ち上っている。


「領主様! 本日の特製メニューをぜひ。深海に生息する『水晶大蟹』の足を、雷鳥の卵で作った黄金タルタルソースで和えたものです。デザートには、氷精霊が冷やした『真珠苺』のムースを添えた、黄金りんごのキャラメリゼパイも焼き上がっています」


露店商が満面の笑みで一皿を差し出す。アレンはそれを一口運び、水晶大蟹の弾力ある身とソースの濃厚な調和を堪能した。 周囲では、訓練所での過酷な修行を終えたばかりの冒険者たちが、併設された診療所で癒やされた身体を休ませながら、屋台で買った熱々のシチューや骨付き肉を豪快に頬張っている。 酒場を覗けば、肉持ち込みで調理を依頼した者たちが、地底湖の冷気で熟成させた至高の蒸留酒を片手に、王都の没落を肴に盛り上がっていた。


「見ろよ、門のところで震えてるのがあの公爵様だってよ。昔はアレン様を無能呼ばわりしてたらしいが、今じゃうちの街の残り物でも欲しそうな顔してやがる。ざまぁ見ろってんだ」


そんな声が聞こえる中、アレンは午後になってようやく公爵との面会に応じた。 領主邸の応接室。かつての傲慢な面影を失い、頬がこけ、空腹で膝をガクガクと震わせる公爵が、アレンの前に平伏していた。


「アレン、いや、アレン様……。どうか、どうか我が公爵領を見捨てないでいただきたい。武器屋の火は消え、診療所には薬もありません。民は飢え、私は……私は間違っていた。君こそが、この王国の至宝であったのだ」


「今更、そんな言葉に価値があるとでも? 君が私を捨てた時、この土地で野垂れ死ぬのが私の運命だと言ったはずだ。だが、見ての通りだ。私は自らの理で、君の想像も及ばない至高の日常を築き上げた」


アレンは冷徹に告げると、机の上に一通の「労働依頼書」を叩きつけた。


「条件は二つだ。公爵家の全財産と鉱山権益を我が商業ギルドに譲渡すること。そして、今日から一ヶ月間、君自身がこの街の『中央広場の清掃』という労働依頼に従事することだ。この都の民が、君のこれまでの罪を許すかどうか、その身をもって試すがいい」


公爵は絶望に顔を歪めたが、今の公爵家に拒否権などない。翌朝、かつての権力者が泥まみれになって広場を掃く姿が、都中の人々の目に晒された。 一方で、アレンは雑貨屋の店主を呼び、王都から流れ込む難民たちに最低限のポーションと、太陽麦の厚焼きパンを配布するよう命じた。


夕暮れ時、領主邸に戻ったアレンを、料理人が腕を振るった晩餐が待っていた。 テーブルには、地竜のヒレ肉を使ったペッパーステーキや、月の雫で蒸し上げた温野菜、そしてデザートには、メイドが用意した冷たい天国鳥の卵プリンが並んでいる。 一口ごとに、アレンの創造魔法はさらなる高みへと到達し、都の繁栄を不動のものへと変えていく。


「嫉妬と策略の果てに何が残るか。泥にまみれて学ぶがいい」


アレンは静かに紅茶を飲み干すと、窓から見える魔法灯の海を眺め、穏やかな眠りについた。 至高の辺境開拓は、今や一つの伝説として完成し、新たな正義の歴史を刻み始めていた。

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