第19話 至高の対価と公爵の膝
アレンは領主邸の執務室で、行商人マルコがもたらした最新の情報と、王都から届けられた親書を並べて眺めていた。 執事が静かに淹れた紅茶は、雪山の頂にのみ咲く幻の花の蜜を加えたもので、高純度の魔力を安定させる至高の香りを放っている。 窓の外、庭師が丹念に整えた庭園の先には、今日も活気ある白亜の街が広がっていたが、その空気には完全な勝利の予感が満ちていた。
「アレン様、公爵家からの使者が門前に到着いたしました。経済封鎖の解除を条件に、我が街の回復ポーションと武器の修理技術の提供を懇願したいとのことです。使者の顔は青ざめ、王都の困窮ぶりが一目で分かるほどでした。彼らは今、門外の露店から漂う香りに胃を掴まれ、立っているのもやっとのようです」
執事が静かに告げると、アレンは不敵な笑みを浮かべた。 公爵家はアレンを孤立させるつもりだったが、実際には自らの領地のインフラを崩壊させ、自滅の道を歩んでいたのである。 行商人たちは単なる商品の運び手ではなく、情報の伝播者として、王都の武器屋や防具屋が機能不全に陥り、騎士団の装備が使い物にならなくなっている惨状を正確に伝えていた。
「使者を待たせておけ。私はこれから街の視察に行く。公爵の都合に合わせる必要などない。彼らがどれほど至高の日常を渇望しているか、その身をもって知るがいい」
アレンは立ち上がり、まずは商業ギルドへと向かった。 ギルド内では、商品の権利管理や特許管理の厳格な審査が行われており、アレンに忠誠を誓う商人たちだけに営業権が与えられていた。 アレンが構築した物流管理網は、公爵家の妨害をものともせず、近隣の領主たちを取り込んで巨大な経済圏を形成している。
昼時、アレンは活気に満ちた露店通りを歩いた。 今日の露店には、アレンがダンジョン探索依頼の成果として解禁したばかりの、珍しい食材が並んでいた。 屋台からは、火トカゲのスパイスを効かせたグリフォンの手羽先焼きや、世界樹の滴で煮込んだ虹色ベリーのジャムを添えた揚げパンの甘い香りが漂っている。
「領主様、これを見てください。深層の泉で採れた銀鱗魚の香草蒸しですよ。仕上げに雷鳥の卵を使った特製ソースをかけてあります。から揚げも今日はロック鳥のモモ肉を使っていて、肉汁の弾力が違います」
露店商が誇らしげに、黄金色に輝く料理を差し出す。 アレンは彼らの活気ある姿を見て、日常の豊かさが人々をどれほど強く結びつけるかを実感した。 冒険者たちは、屋台で買った熱々のホワイトドラゴンのチーズパイやりんご飴を頬張りながら、昨夜の略奪部隊との戦果を誇らしげに語り合っていた。
次に訪れた酒場では、肉持ち込みで調理を依頼した大物猟師たちが、ミードや地底湖で冷やした蒸留酒を片手に盛り上がっていた。 今日の目玉は、森の王である大角鹿の心臓を使ったカルパッチョと、大サソリの尾を贅沢に煮込んだ薬膳ポトフだという。 宿屋では、移住者たちが朝食に出された太陽麦の厚焼きパンと、雲クジラのベーコンの美味しさに涙し、アレンへの感謝を口にしていた。
午後、アレンはついに領主邸の応接室で公爵の使者と対峙した。 使者はアレンの姿を見るなり、震える膝を隠すこともできず、その場で深く頭を下げた。 アレンがわざと漂わせていた、料理人たちが仕込んでいる夕食の香りが、空腹の使者に追い打ちをかける。
「アレン様、どうか、どうか寛大なる処置を。王都の騎士団は装備の劣化で魔物に対処できず、診療所には怪我人が溢れております。公爵閣下も、自らの非を認め、経済封鎖の全面解除を約束されました。どうか、あの至高の回復薬と、魔力を修復する修理技術を分かち合ってください」
「非を認めただけで、奪った時間が戻るとでも思っているのか。公爵には伝えろ。我が街の技術が欲しければ、公爵領の全鉱山の特許管理権を我が商業ギルドに譲渡しろ。そして、私を追放に関わった者全員の爵位を剥奪し、この街で労働依頼に従事させることだ。もちろん、食事は彼らが蔑んでいたゴミのような残飯で十分だろうな」
アレンの言葉は、冷徹なまでに響いた。 使者は絶望に顔を歪めたが、今の公爵家に拒否権などないことを理解していた。 嫉妬と策略でアレンを捨てた報いは、あまりにも重いものとなった。
アレンは使者を下がらせると、騎士団詰所と衛兵詰所の連携による警備の最終確認を行った。 武器屋や防具屋には、これから流れ込んでくるであろう王都の劣悪な装備を、全て素材として買取、再定義するよう命じた。 雑貨屋には、鑑定を終えた最高級の回復ポーションを、公爵領以外の民へ優先的に配布するよう指示を出した。
「さて、わくわくするような爽快な勝利の後は、さらなる開拓の始まりだ。この世界の理は、私が新しく書き換える」
アレンは教会の診療所で、安堵の表情を浮かべる民たちの姿を見て確信した。 日常の平穏を土足で汚した者には、相応の絶望という名の報いを受けてもらう。 それが創造主としての誇りであり、この街の理であった。
夕暮れ時、領主邸に戻ったアレンは、料理人が腕を振るった至高の晩餐を楽しんだ。 テーブルには、双頭牛のヒレ肉を使ったペッパーステーキや、氷雪魚のムースを詰めたパイ包み焼き、さらにはマンドラゴラの根を苦味抜きして蒸し上げた温野菜が並んでいる。 デザートには、メイドが用意した冷たい真珠苺のタルトが供され、アレンの心を癒やしていく。
アレンは静かに微笑み、窓から見える魔法灯の輝きを眺めながら、穏やかな眠りについた。 至高の辺境開拓は、今や王国そのものを飲み込み、新たな伝説へと昇華しようとしていた。
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