第10話 聖女の来訪と創造主の矜持

アレンは領主邸の執務室にある重厚な机に向かい、商業ギルドから提出された物流管理の最終確認書に目を通していた 。 彼の傍らには、一分の隙もない動作で紅茶を淹れる執事が控えている 。 窓の外では、夕闇に魔法灯が灯り始め、白亜の街が幻想的な輝きを帯び始めていた。


「アレン様、王立教会の聖女一行が領主邸の正門に到着いたしました。衛兵詰所からは、彼女たちが街の診療所の設備に異常なまでの関心を示していたとの報告が入っております」


執事の言葉に、アレンは書類を置いて顔を上げた。 教会の診療所は、アレンが創造魔法で産み出した高純度の魔法薬や、特定の治癒能力を促進させる特殊なベッドを完備している 。 王都の腐敗した教会とは比較にならない、まさに至高の医療環境だ。 聖女が驚愕するのは無理もないことだった。


「通せ。ただし、彼女たちが連れてきた聖騎士団は騎士団詰所の近くにある客舎に待機させろ。この邸宅に武装した余所者を入れる必要はない」


アレンは立ち上がり、領主としての礼装を整えた。 彼は鏡に向かって、自らの表情に冷徹なまでの落ち着きが宿っていることを確認した。 王都での追放劇以来、彼は誰にも縛られない自由と、自らの手で理を造り変える力を手に入れたのだ 。


広間へ向かうと、そこには純白の法衣に身を包んだ、まだ若い女性が立っていた。 彼女こそが、王都の中央教会で奇跡の象徴と称えられる聖女エレナだ。 エレナは、アレンが姿を現した瞬間、そのあまりにも強大で清浄な魔力に圧倒されたのか、一歩後ずさった。


「お初にお目にかかります、アレン様。私は……」


「挨拶は不要だ。聖女殿。公爵家から何を聞いてここへ来たのかは知らないが、この街に貴方たちの教義を押し付けるつもりなら、今すぐお引き取り願いたい」


アレンの言葉は、氷のように冷たかった。 エレナは顔を青くしながらも、必死に言葉を紡いだ。


「誤解しないでください。私は、王都で起きている悲劇を救いたいだけなのです。アレン様が去ってから、土地の魔力は枯渇し、多くの人々が病に倒れています。この街の診療所で見せてもらったあの薬があれば、どれほどの人々が救われるか」


「それを私に言いに来たのか。私が無能だと笑い、ゴミを産み出すだけだと蔑んだのは、他ならぬ貴女たちが崇める貴族たちだ。その彼らが困っているから助けろと?」


アレンはゆっくりと彼女に歩み寄った。 彼の足音が広間に響くたび、エレナの肩が小さく震える。 アレンは彼女の目の前で足を止め、空中に指先で小さな魔法陣を描いた。


「構築、至高の癒やし。定義、細胞の完全修復」


アレンが軽く手を振ると、エレナの指先にあった小さな擦り傷が一瞬にして消え去った。 それどころか、彼女が長旅で溜め込んでいた疲労さえも、霧が晴れるように消滅したのである。 教会の聖女が数刻の祈りを捧げてようやく成し遂げる奇跡を、アレンは瞬き一つする間に、無造作に行ってみせたのだ 。


「これが私の創造魔法だ。王都が捨てたこの力があれば、死の荒野さえも神域に変えられる。だが、それを誰のために使うかは、私が決める」


エレナは自身の身体に満ちる活力に戸惑い、そして絶望した。 自分たちが神の恩寵と信じていた奇跡よりも、目の前の青年が産み出す日常の欠片の方が、遥かに高次元で、至高のものであったからだ。


「公爵家に戻って伝えるがいい。アレンの街には、王都の救いなど存在しない。だが、人として真っ当に生き、私の理に従う者には、至高の日常を約束しよう」


アレンは執事に合図を送り、彼女を下がらせた。 翌朝、聖女一行は王都へと逃げるように去っていった。 彼女たちが持ち帰る報告は、公爵家にとってさらなる絶望の火種となるだろう 。


アレンはその後、冒険者ギルドへと向かった 。 そこでは、新しく開放されたダンジョン探索依頼について、腕利きの冒険者たちが熱心に議論を交わしていた 。 酒場からは、今日もエールやミードを楽しみ、ポトフの味に舌鼓を打つ人々の声が聞こえてくる 。


日常の中に潜む、わくわくするような進化。 アレンは武器屋や防具屋の職人たちに、聖女との対峙で見えた新しい魔法定義を伝え、さらなる装備の強化を命じた 。 彼の開拓は、もはや一つの領地の枠を超え、世界の常識を塗り替えようとしていた。


夜、領主邸の静寂の中で、アレンは一人窓の外を眺めていた。 次なる展開は、追放した側が自らの無知を呪い、縋り付いてくる時だろう。 その時、どのような至高のざまぁを見せてやるか、アレンは静かに微笑みながら思案を巡らせた 。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る