第9話 至高の休日の終わりと迫りくる決断

アレンは領主邸の広いバルコニーで、柔らかな朝の光を浴びながら深く息を吸い込んだ。 手元には、料理人が用意したばかりの、香ばしいパンと新鮮なミルクが並んでいる。 庭師が丹念に手入れをした庭園からは、季節外れの花々が甘い香りを漂わせ、メイドたちが静かな足取りで邸宅内を整えていた 。


王都にいた頃の、常に誰かの顔色を伺い、無能と罵られる日々が嘘のようだ。 ここには、アレンが創造魔法で一から築き上げた至高の日常が根付いている。 彼は執事が差し出した今日の予定表に目を通した 。


「アレン様、商業ギルドからは特許管理に関する最終確認が届いております。また、冒険者ギルドからは、新たに発見された深層ダンジョンの調査報告が上がっております」


執事の落ち着いた声を聞きながら、アレンは街の活気を見下ろした 。 遠くの広場では、露店が開店の準備を始め、串焼きやポトフの美味しそうな匂いが風に乗って届いてくる。 行商人の荷馬車が門をくぐり、武器屋や防具屋の職人たちが朝の仕事を開始する音が響いていた 。


「順調だな。だが、昨日のカイルの件を考えれば、王都がこれで引き下がるとは思えない」


アレンが呟くと、執事は静かに頭を下げた。 異母弟カイルが率いた重装騎兵団を圧倒的な力で退けたことで、公爵家との決別は決定的なものとなった 。 王都では今頃、アレンの創造魔法がもたらす豊かさと、自分たちが失ったものの大きさに、公爵たちが顔を青くしているはずだ。


午前中、アレンは街の視察を兼ねて商業ギルドを訪れた。 ギルド内では、アレンが定義した権利管理や価格設定のルールに基づき、商人たちが公正な取引を行っていた 。 アレンが構築したこのギルドは、単なる市場の管理組織ではない。 物流管理や融資、さらには特許管理までを一手に担い、領地の経済を支える心臓部だ 。


「アレン様、こちらが今週の収支報告書です。オリハルコンの流通制限により、近隣諸国からの融資依頼が急増しております」


ギルド長の説明を聞きながら、アレンは書類を精査した。 彼は創造魔法により、この街で取引されるすべての商品の品質と価格を適正に保つ定義を付与している。 不正な価格吊り上げや粗悪品の流通は、この街では物理的に不可能だった 。


次に足を運んだのは、冒険者ギルドに併設された訓練所だ。 そこでは、新人訓練に励む若者たちが、騎士団詰所から派遣された教官に厳しい指導を受けていた。 アレンの姿を認めた冒険者たちは、一様に尊敬の眼差しを向け、その場で膝を突いた 。


「アレン様、おかげさまで診療所の薬の質も上がり、救出依頼の成功率が格段に向上しました」


ギルド職員の感謝の言葉を受けながら、アレンは解体場で効率的に処理される魔物の素材を確認した 。 ここでは、討伐依頼や採取依頼で持ち込まれた魔物が、余すことなく資源として再利用されている 。 アレンは解体場のナイフ一本一本にまで、切れ味が落ちない創造魔法の定義を施していた。


昼時、アレンは広場の一角にある酒場に立ち寄った。 そこでは、最高級のエールやミードが、信じられないほど安価で提供されている。 厨房からはポトフや串焼きの食欲をそそる香りが漂い、冒険者たちが持ち込んだ魔物の肉がその場で調理されていた 。


「よう、領主様! 今日もこの酒場は最高だぜ。特にこのミード、王都の高級店でも飲めない代物だ」


馴染みの冒険者が声をかけてくる。 アレンは微笑み、彼らが楽しむ日常の尊さを再確認した。 宿屋では、遠方から来た商人たちが、アレンが用意した最高の夜食と清潔なベッドに感動し、この街に定住することを決めていた 。


しかし、午後のひととき、衛兵詰所から届いた一通の緊急報告が、平和な空気を一変させた。 アレンが領主邸の執務室に戻ると、護衛兵が緊張した面持ちで立っていた 。


「アレン様、教会からの報告です。王立中央教会の聖女を名乗る一行が、街の入り口まで到着しているとのことです」


報告を聞いたアレンの目が、鋭く細められた。 公爵家は、武力が通用しないと悟り、今度は宗教的な権威を利用して自分を縛ろうとしているのだろうか。 教会の診療所に通う人々や、日常を愛する領民たちを、自身の野望の道具にするつもりなのか 。


「面白い。聖女が、私のこの至高の街を見て、何を神の奇跡と呼ぶのか見せてもらおうか」


アレンはバルコニーから再び街を見渡した。 雑貨屋には新しい回復ポーションを求める列ができ、武器屋や防具屋からは装備品の買取や修理を待つ活気ある声が聞こえてくる 。 この至高の日常を壊そうとする者には、容赦のない創造魔法の鉄槌を下す。


アレンは執事に命じ、聖女を迎え入れる準備をさせた。 ただし、それは客としての歓迎ではない。 王都の教会がどれほど形骸化し、この街がどれほど真理に近いかを叩きつけるための場にするつもりだった。


「執事、騎士団詰所と衛兵詰所には通常通りの警戒を続けさせろ。特別扱いは不要だ。彼女たちには、まずこの街の日常を存分に味わってもらうとしよう」


アレンの言葉には、揺るぎない自信が満ちていた。 追放された無能と呼ばれた少年は、今や一つの文明を統べる至高の創造主として、歴史の表舞台に立とうとしていた。


夕暮れ時、白亜の城門がゆっくりと開き、聖女一行を乗せた豪華な馬車が街に入ってきた。 アレンは領主邸の最上階から、その光景を静かに見つめていた。 日常の平穏が終わり、新たな闘争が始まろうとしている。 だが、その結末はすでにアレンの頭の中で、完璧な設計図として描き出されていた。

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