第7話 別視点:異母弟の誤算と震える兵士たち
王都から派遣された重装騎兵団の先頭で、アレンの異母弟であるカイルは、目の前の光景が信じられずにいた。 かつて自分が兄を追い出した場所は、地図上では草一本生えない死の大地だったはずだ。 しかし今、目の前には王都のそれよりも高く、白く、そして圧倒的な威圧感を放つ城壁がそびえ立っている。
「馬鹿な。あのような無能な男に、これほどの街が作れるはずがない。何かの幻術だ。あるいは、他国の工作員と手を組んで不当に築いたものに違いない」
カイルは隣に並ぶ騎兵団長に声を荒らげた。 団長もまた、兜の奥で冷や汗を流している。 彼は数多の戦場を渡り歩いてきたが、これほどまでに隙のない防衛機構を備えた都市は見たことがなかった。 城壁の至る所には、見たこともない形状の巨大な魔導砲が配備され、その銃口は静かに自分たちを捉えている。
「カイル様、慎重になるべきです。あの城壁の材質を見てください。ただの石材ではありません。魔力を通せば鉄よりも硬くなる魔法大理石の塊だ。あんなものを一朝一夕で用意できるはずが……」
「黙れ! 相手は魔力もろくにない出来損ないだぞ。我が公爵家の精鋭を持ってすれば、あんな門など一撃で粉砕できるわ」
カイルが強引に命じると、騎兵団は重い足取りで前進を開始した。 彼らは王都の武器屋や防具屋で最高級とされる鉄製の装備に身を包んでいた。 しかし、彼らが街の門まで数百メートルの地点に達した時、空気が爆発したような音を立てて振動した。
城壁の上に立つ人影。 それは、かつて家の中で影のように過ごしていた兄、アレンだった。 アレンが軽く指を弾くと、地面から巨大な光の柱が立ち昇った。
「な、なんだ。足元が……」
一人の兵士が悲鳴を上げた。 彼らが踏みしめていた大地が、瞬く間に液体のように形を変え、騎兵たちの足を飲み込んでいく。 もがけばもがくほど、泥は硬質化し、彼らの自慢の鉄製防具を飴細工のように握りつぶしていった。
「無礼者共。私の領地へ土足で踏み入った罰だ。そのまま動かずに、至高の景観の一部になるがいい」
アレンの声は、数百メートル離れたカイルの耳元で、まるで隣にいるかのように鮮明に響いた。 カイルは恐怖で馬の手綱を引くことすら忘れていた。 彼が誇っていた重装騎兵団は、戦うどころか剣を抜く暇もなく、大地に膝を突かされていた。
一方で、城内にある酒場の窓からは、この光景を眺める冒険者たちの声が漏れていた。 彼らは、アレンが創造した最高級のポトフや串焼きを頬張りながら、まるで娯楽でも見るかのように戦場を眺めている。
「おいおい、またアレン様が新しい魔法を試してるぜ。あの重装騎兵団、王都じゃ最強とか言われてる連中だろ。泥遊びの相手にもなってねえな」
「まあ、アレン様の創造魔法を怒らせたのが運の尽きさ。俺たちのこの武器屋で買った剣一本分にも及ばない連中に、あの城壁は越えられっこないよ」
冒険者たちは、アレンが与えてくれる日常の豊かさを誰よりも理解していた。 彼らにとって、アレンはただの領主ではなく、不可能な夢を実現する神に近い存在だ。
カイルは、部下たちが次々と戦闘不能に陥る中で、自分だけが自由のまま取り残されていることに気づいた。 それは、アレンが意図的に残した慈悲ではなく、これから始まる圧倒的な絶望を見せつけるための配置だった。
「兄上……いや、アレン様! 待ってください。私は父上に命じられて来ただけで……!」
「父上の名を出せば許されると思っていたのか。カイル、お前たちが捨てたゴミ溜めが、今や世界を飲み込む文明の起点となった。それを、王都に戻って伝えるといい」
アレンの言葉と共に、カイルの目の前に巨大な門が音もなく開いた。 そこから現れたのは、オリハルコンの武具で武装した、数人の騎士たち。 彼ら一人一人が放つ威圧感は、王都の騎士団長を凌駕していた。
カイルは確信した。 自分たちが戦っていたのは人間ではなく、世界の法則そのものを支配する怪物だったのだと。 彼は無様に尻餅をつき、白亜の街の輝きに目を焼かれながら、ただ震えることしかできなかった。
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