第4話 未開の森と新たな隣人

王都からの視察団を追い返した翌朝、アレンは領主邸のテラスで朝食を摂っていた 。 テーブルに並んでいるのは、宿屋でも提供されている焼きたてのパンと、瑞々しい果実だ 。 料理人が腕を振るったスープは、創造魔法で定義した一定温度を保つ器によって、いつまでも最適な温かさを維持している 。


「アレン様、王都の者たちは夜明けと共に慌ただしく去っていきました。おそらく、今頃は自分たちの愚かさを再確認していることでしょう」


傍らに控える執事が静かに報告する 。 アレンは小さく頷き、視線を街の境界線の先へと向けた。 白亜の城壁の外側には、手付かずの広大な原生林が広がっている 。 そこは凶暴な魔物の巣窟であり、人間が足を踏み入れることを拒む未開の地だった。


「視察団が戻れば、公爵家はさらに焦るはずだ。だが、今は彼らのことよりも、この領地の守りを固める方が先だな。冒険者ギルドの報告では、森の奥で魔物の動きが活発になっているらしい」


アレンは朝食を終えると、庭師や護衛兵たちが手入れをしている庭を通り抜け、街の北門へと向かった 。 門の近くにある衛兵詰所では、アレンが創造した防具に身を包んだ衛兵たちが鋭い眼光で周囲を警戒している 。 彼らの装備は、防具屋で販売されている標準的なものよりもさらに軽量で頑丈な魔法銀が組み込まれていた 。


アレンが門の外に出ると、そこには不気味な静寂を湛えた森が口を開けていた。 普通の人間なら恐怖で足が止まる場所だが、アレンには確信があった。 この森の奥には、彼が求める稀少な資源と、まだ見ぬ労働力が眠っているという確信が。


「さて、この森をただの脅威にしておくのはもったいない。構築、全方位魔力探査」


アレンが地面に手を触れると、不可視の魔力の波が森の深部へと広がっていく。 脳内には、森の地形、植物の分布、そして潜伏している魔物の位置が正確な地図となって描き出された。 すると、アレンの探査網に奇妙な反応が引っかかった。


「これは、魔物の反応ではないな。……知的生命体か」


アレンは即座に移動を開始した。 創造魔法で自身の靴に身体強化の定義を付与し、風を切るような速さで木々の間を抜けていく。 やがて辿り着いたのは、古びた大樹の根本にある小さな集落だった。 そこには、全身を灰色の毛皮で覆われた亜人の種族が、傷ついた仲間を囲んで絶望に沈んでいた。


「止まれ。貴様、人間か。この地に何用だ」


一人の戦士らしき亜人が、粗末な石の槍を構えてアレンを遮る。 彼の腕には深い傷があり、そこから赤黒い毒が回り始めているのが見て取れた。 アレンは敵意がないことを示すために、ゆっくりと両手を上げた。


「私はこの地の領主だ。お前たちの仲間にかけられたのは、森の主である大蛇の毒だな。そのままだと、あと半刻も持たないぞ」


アレンの言葉に、集落の人々がどよめいた。 彼らは長年、この森でひっそりと暮らしてきたが、最近の魔物の活発化により追い詰められていたのだ。 アレンは懐から、雑貨屋で売っているものとは比較にならない純度を持つ回復ポーションを取り出した 。


「それは、私たちが手を出せない高価な薬か。領主とやらに、何の見返りもなしに助けてもらえるとは思えないが」


戦士が警戒を解かずに問う。 アレンは薄く笑い、そのポトフのように温かな魔力を込めてポーションを差し出した 。


「見返りなら、お前たちのその強靭な肉体と知識で払ってもらう。私の街には、優れた労働力と森に精通した案内人が必要なんだ。どうだ、死を待つよりも、私の下で至高の生活を手に入れないか」


アレンの提案は、彼らにとって蜘蛛の糸のような救いだった。 アレンはポーションを負傷者に振りかけると同時に、創造魔法を起動した。


「定義変更。肉体の再生速度を百倍に加速、および猛毒の無害化」


光が溢れ、瀕死だった亜人は目を見開いて飛び起きた。 傷跡一つ残らない完璧な治癒に、集落の者たちは一斉に平伏した。 彼らにとって、それは神の御業に他ならなかった。


「お前たちの集落を、私の街へと招待しよう。そこには安全な宿屋も、腹を満たす酒場もある。……何より、お前たちを無能だと笑う者など一人もいない」


アレンが手を差し伸べると、戦士は力強くその手を握り返した。 こうして、アレンの領地には新たな種族が加わることとなった。 彼らの参加は、今後の採取依頼や護衛依頼の効率を劇的に向上させることになるだろう 。


アレンは亜人たちを連れて、夕闇に輝く白亜の都市へと戻った。 騎士団詰所では、新たな仲間の到着を祝う準備が密かに進められている 。 日常の中に、異文化が混ざり合う。 アレンの至高の辺境開拓は、ついに人種を超えた共生へと踏み出した。


次の課題は、彼らが街で不自由なく暮らせるための専用区画の創造だ。 アレンは城門を見上げながら、その頭脳ですでに次なる設計図を完成させていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る