第3話 王都の視察団と至高の街

アレンの領地である白亜の城塞都市が誕生してから数週間が経過した。 かつて死の荒野と呼ばれた場所は、今や周辺の領地から多くの人々が吸い寄せられる希望の地へと変貌を遂げている。 アレンは領主邸の執務室で、商業ギルドから提出された流通報告書に目を通していた。 彼の前には、創造魔法で産み出した執事が、音もなく紅茶を注いで立っている。


「アレン様、間もなく王都からの視察団が到着するとの報告が入っております。公爵家が派遣した者たちのようです」


執事が静かに告げると、アレンは書類を置いて窓の外を見た。 そこには、活気に満ちた大通りと、魔法で浄化された豊かな緑が広がっている。 アレンはふっと口角を上げた。


「わざわざこんな辺境まで足を運ぶとは。我が実家もよほど困っているようだな」


アレンは席を立ち、領主としての礼装を整えると、執事を連れて城門へと向かった。 門の前では、砂埃にまみれた王都の豪華な馬車が数台、立ち往生していた。 馬車から降りてきたのは、かつてアレンを無能と罵った公爵家の家臣たちと、鼻持ちならない表情をした視察官だ。


「な、なんだこれは。報告では、ここは魔物が徘徊する不毛の地であったはずだろう」


視察官は、目の前にそびえ立つ真っ白な城壁と、洗練された都市の姿を仰ぎ見て絶句していた。 アレンは門をくぐり、彼らの前に静かに姿を現した。


「ようこそ、我が領地へ。ご覧の通り、ここは今や王都よりも安全で豊かな街ですよ。……もっとも、無能な私の魔法では、これを作るのが精一杯でしたが」


アレンの皮肉たっぷりの歓迎に、視察官の顔が引き攣った。 彼らは王都の公爵から、アレンの惨めな死を確認し、その地を公爵領に再編するための書類に署名させるように命じられていたのだ。 しかし、現実は公爵領のどの街よりも栄えている大都市がそこにあった。


「ア、アレン殿。これは一体どういうことだ。これほどの都市を築く資金や魔力は、貴殿にはなかったはずだ。何か不正な手段を用いたのではないか」


「不正、ですか。私はただ、自分の創造魔法を正当に行使しただけですよ。父上や貴方たちがゴミだと言い捨てた、あの魔法をね」


アレンは彼らを案内し、街の中心部へと歩き始めた。 最初に彼らが目にしたのは、冒険者ギルドの巨大な建物だった。 そこでは、王都から流れてきた腕利きの冒険者たちが、アレンの創造した最新の訓練所で汗を流している。 診療所からは魔法薬の芳醇な香りが漂い、解体場では手際よく魔物の素材が処理されていた。


「ここは、冒険者ギルドです。討伐依頼はもちろん、あらゆる依頼が効率的に管理されています。奥にある訓練所は、王都の騎士団詰所よりも設備が整っております」


執事の説明を聞き、視察官たちは言葉を失った。 次に訪れた商業ギルドでは、商品の権利管理や物流管理が完璧に行われており、見たこともないような透明度の高い羊皮紙に契約書が綴られていた。 露店には、アレンが土壌置換で産み出した魔石の結晶や、伝説級の品質を持つ薬草が並んでいる。


「信じられん。この薬草は、王都の教会でさえ手に入らないような至高の品ではないか。なぜこんなものが露店で売られているのだ」


「私の領地では、これが日常ですから」


アレンは淡々と答え、一行を酒場へと誘った。 昼時ということもあり、酒場は多くの人々で賑わっていた。 カウンターには、エールやミードが並び、厨房からはポトフや串焼きの食欲をそそる香りが漂ってくる。


「食事でもいかがですか。ここの肉は、冒険者が持ち込んだものをその場で最適な温度に調整して提供しているんです。ピクルスやチーズも、すべて私の魔法で熟成期間を定義して産み出したものです」


視察官たちが恐る恐る口にしたポトフは、王宮の料理人が作るものさえ凌駕する極上の味だった。 彼らは夢中で食事を掻き込みながら、自分たちがアレンを追放したことがどれほどの損失であったかを、胃袋レベルで理解し始めていた。


「アレン殿、実のところ、王都の公爵領は今、深刻な魔力枯渇とインフラの老朽化に悩まされている。貴殿を失ってから、領内の魔導具が次々と破損し、修復できる者がおらんのだ。……公爵閣下も、貴殿の帰還を望んでおられる」


視察官が脂汗を浮かべながら、必死の形相で切り出した。 それを聞いたアレンは、持っていたジョッキをゆっくりとテーブルに置いた。


「帰還、ですか。あの日、私は無能として家族からも国からも捨てられました。今は、この地を守る領主としての責任があります。……それに、あのような泥臭い仕事は平民にやらせておけばいい、と父上は仰った。私は今、その泥臭い開拓に心底満足しているのですよ」


アレンの冷徹な言葉に、談話室の温度が下がったかのような静寂が訪れた。 視察官は顔を青くし、震える手で懐から一通の手紙を取り出した。


「こ、公爵閣下からの親書だ。これを読めば、考えも変わるはずだ」


アレンは手紙を受け取ると、中身も見ずに、指先から小さな火花を散らしてその場で燃やし尽くした。 紙が灰となり、床に落ちていくのを視察官たちは絶望の表情で見守った。


「私の返事は一つです。公爵家とは、もう何の関係もありません。……執事、彼らを宿屋へ案内しろ。夜食を出したら、明日の朝一番で王都へ帰ってもらう」


執事が促すと、視察官たちは魂が抜けたような足取りで席を立った。 彼らが滞在する宿屋もまた、アレンが創造した至高の安息の地だ。 だが、その快適さが彼らにとっては、取り返しのつかない過ちを犯したという残酷な証明になるだろう。


アレンは一人酒場に残り、窓の外で輝く街の灯りを見つめた。 騎士団詰所からは兵たちの勇ましい声が聞こえ、教会からは診療を終えた人々の安堵の溜息が漏れている。 武器屋や防具屋の修理を待つ冒険者たちの列は、この街の信頼の証だ。


「これからが本番だ。私の創造魔法で、この世界そのものの理を造り変えてやる」


アレンはゆっくりと立ち上がると、夜の風に吹かれながら次なる大規模建築の構成を練り始めた。 追放された少年は、もはやどこにもいない。 そこにいるのは、不毛の地を神話へと変える、至高の創造主であった。

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