第2話 裏切り
暗い独房で目覚めてから、十日が過ぎた。 正直に言って、俺は怖くて仕方がなかった。
ふとした瞬間に脳裏をよぎる「日本人」としての知識。それが、今の俺が置かれた状況――冷たい石壁、手枷、仮面の男たち――の異常さを残酷なほど際立たせる。
「ノア、ご飯がきたよ! これ、半分こね」
隣でレイが、少し固くなったパンを差し出してくる。 レイはいつも明るかった。過酷な環境で、彼だけが俺の正気を繋ぎ止める楔(くさび)だった。 この地獄で、彼だけは信じられる。そう思っていた。
だが、その信頼は唐突に、乾いた音を立てて崩れる。
仮面をつけたスーツの男が、独房の鍵を開けに来た時のことだ。
「あ、運営さん! 今日は早いね」
レイが、まるで学校の先生にでも挨拶するような軽さで、その不気味な男に声をかけたのだ。 「運営」……? 男は答えず、俺たちを無機質な廊下へと連れ出した。
案内されたのは、派手な装飾が施された武器が並ぶ部屋だった。 鈍く光る剣や、不自然に長い槍。それを見て、俺の心臓が早鐘を打つ。
(……なんで、こんな物騒なものが? ここはどこなんだ?)
震える俺の肩を、レイがポンと叩いた。
「大丈夫だよ、ノア。全部偽物だよ。ただの飾りさ。……そんなに怖がらないで」
レイの笑顔はいつも通りだった。でも、その瞳の奥が凍りついたように笑っていないことに気づき、俺の背筋に冷たいものが走った。
重い鉄の扉が押し開けられる。 爆音のような歓声。数千人の観客の怒号。立ち込める血と砂の臭い。
「な……っ!?」
まばゆい光の下で、俺は自分がどこに連れてこられたのかを悟った。 巨大な擂り鉢状の、殺戮の舞台。
「ノアはここがどこか知りたがっていたね……ようこそ、ノア。ここが『地下闘技場』だ」
レイの声が、耳元で響く。 子供らしい甘さは消え、地を這うような冷たい声だった。
「ここはお金持ちや危ない人達の娯楽のためにある。身寄りのない人や、借金を返せなくなった人間が集められて――死ぬまで戦わせられるんだ」
「……っ、なんで黙っていたんだ! 俺たち、友達じゃないのか!」
裏切りの衝撃を、怒りに変えて叫んだ。 レイは今にも泣き出しそうな、それでいて決然とした顔でナイフを構える。
「君は確かに友達だよ。でも、僕は死にたくないんだ! 君に情報を伝えたら、その分だけ僕の生存率は下がる……。ごめん、ノア。仕方ないんだよ」
レイが握るのは、先ほどの武器庫にあったナイフだ。
「飾りなんかじゃない、本物さ。さっき掠め取っておいたんだ」
相手は武器を所持し、この場所のルールも熟知している。対して俺は、まる腰。
(クソッ、俺が馬鹿だった。そもそも会ったばかりの人間を、この世界で信じたのが間違いだったんだ)
だが。 だからといって、大人しく殺されてやるつもりは毛頭ない。
俺は拳を握り、低く構える。 戦いの経験なんてない
でもやるしかない
――カーン、と。 運命を告げる試合開始の鐘が鳴り響いた。
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