1-3

 目を覚ました時、最初に感じたのは──重さだった。

 全身が鉛のように重く、指一本動かすのにも意識を要する。

 喉が焼けるように渇き、呼吸のたびに胸が軋んだ。

「……ここは……」

 天井は白い。

 見覚えのある、だがどこか無機質な造り。

 ──保健室だ。

 そう理解するまでに、数秒かかった。

 思考が鈍い。

 頭の奥に、まだ何かが残っている。

 あの感覚。

 全部が見えて、わかって、殺せると思った──最悪の状態。

 俺は、ゆっくりと視線を横に動かす。

 そこに、赤瀬ノアがいた。

 椅子に腰掛け、腕を組んだまま眠っている。

 いつもの鋭さはなく、年相応の顔だった。

「……」

 助けた。

 でも、守ったわけじゃない。

 あのまま一線を越えていたら、どうなっていた?

 考えただけで、背中に冷たいものが走る。

「……目、覚めた?」

 気配に気づいたのか、ノアが目を開く。

 すぐに俺を見て、表情を引き締めた。

「無事……ではないわね。その顔」

「……そっちこそ」

 包帯で巻かれた腕と背中。

 無理をした痕跡が、はっきり残っている。

 彼女の方にも、頭には白い包帯が巻かれている。

「死んでないだけマシよ。医者が言ってた。あんた、普通なら出血死してるって」

 冗談めかして言うが、声は硬い。

「……悪かった」

 それしか言えなかった。

 ノアは一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を逸らす。

「別に。助けられたのは事実だし」

 沈黙。

 気まずさとは違う。

 言葉にできない、重い間。

「ねえ」

 ノアが、静かに言った。

「あの時のアンタ……あれ、何?」

「……」

「強いとか、そういう話じゃない。──怖かった」

 胸を、正確に刺してくる。

「人を殴った時の目。あれは……人間がする目じゃなかった」

 知られた。

 もう逃げ場はない。

「……俺は」

 言葉を探す。

 だが、どれも嘘になる。

 覚悟を決めるしかない。

「……人を、殺したことがある」

 ノアの目が、わずかに揺れた。

「昔……事件で。正確には俺じゃない。でも、俺の中の何かが暴走して──」

 そこまで言って、喉が詰まる。

「……だから、戦いたくない」

 ノアは、しばらく黙っていた。

 やがて、溜息。

「最悪ね」

 分かっていた。けど胸が締め付けられる。

「でも」

 ノアは立ち上がり、俺を見下ろす。

「それでも、止まれた。それだけで、アンタはまだ人間よ」

 その言葉が、深く沈んだ。

「……しばらく、学園は騒がしくなるわ。アンタ、覚悟しなさい」

 嫌な予感しかしない。

「……何が起きる」

「さあ?」

 ノアは、わずかに笑った。

「でも一つだけ確か。アンタは、もう──無関係じゃない」

 かつて俺は、人を殺した。

 正確には──守るためだった。

 だが、その結果、失ったものは数えきれない。

 もう一度、同じ選択を迫られたら。

 そのとき俺は、きっと──目を背ける。

 もし、あの力を使えば。

 もし、また誰かを守ろうとしたら。

 その先にある結末を、俺は知っている。

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双刀炎神《デュアルブレイム》 ゆりゅ @yuryudayo

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