1-2

 爆炎が弾け、熱風が橋の上を吹き抜ける。

 ノアの二刀が描いた軌跡は、確実に異形の肉体を裂き、強力な炎は裂いた部分を容赦なく焦がす。

 それでも、異形は倒れない。

「しぶといわね……!」

 ノアが距離を取る。

 その瞬間、異形はその場で唸り声を上げ、裂けた肉を蠢かせながら再生させていた。

「……再生能力か」

 思わず呟く。

 Sランクの全力攻撃を受けて、なお動く。

 能力者の枠を完全に逸脱している。

 異形が地面を強く蹴る。

 爆発的な加速と強烈な圧力。

 ノアが炎を刀に纏わせ迎撃する。

 だが、その瞬間──。

「っ……!」

 異形の咆哮が、ノアの耳を突き抜けた。

 彼女の動きが、ほんの一瞬だけ遅れた。

 たった一瞬、見逃すレベルだ。

 だが、俺には分かった。

 ──反応が遅れた。

 僅かな綻びを狙う。

 奴は既に背後にいた。

 倒れたまま動けない俺が、そこにいる。

「ノア、後ろ──!」

 叫ぶより早く、異形の拳が振り抜かれた。

 ノアは無理に身体を捻り、防御の姿勢を取る。

 だが間に合わない。

 鈍い音。

 衝撃が空気を震わせ、ノアの小さな身体が宙を舞った。

「ノア!」

 地面に強烈に叩きつけられる。

 コンクリートが抉れ、土埃が舞う。

 即死していてもおかしくない。

 衝撃の最中、異形がこちらを向く。

 ──次は、俺だ。

 逃げろ。

 そう分かっている。

 分かっているのに、足が動かない。

 胸の奥が、妙に静かだった。

 恐怖がない。

 代わりに、底の見えない感覚が、ゆっくりと満ちてくる。

 やめろ。

 これは、ダメなやつだ。

「……く、そ」

 息が荒くなる。

 腕と背中は血だらけ。

 奇しくも条件は達成されてしまう。

 ──瀕死の状態。

 異形の筋肉の動き。

 重心の移動。

 次に来る攻撃。

 全部、分かる。

「……ああ」

 理解した瞬間、背筋が冷えた。

 この感覚、知っている。

 忘れたはずの、忌まわしい感覚。

 ──人を殺した、あの時と同じだ。

 異形が踏み込む。

 その瞬間、俺は前に出ていた。

 考えるより早く。

 身体が、勝手に。

「──っ!」

 拳を振るう。

 当たった。

 信じられないほど、軽い手応え。

 巨人の身体が、横に吹き飛ぶ。

 橋の欄干を砕き、コンクリートに激突する。

「……やっぱり」

 自分の手を見る。

 震えていない。

 力の入れ方も、分かっている。

 ──違う。これは俺じゃない。

 その時。

「……やめ……」

 声。

 振り返ると、ノアが頭から血を流しながら、必死にこちらを見ていた。

「それ以上……やったら……戻れなくなる……!」

 戻れなくなる。

 その言葉が、胸に突き刺さる。

 異形には、殴った所に穴が空いている。

 しかし、再生しながらゆっくりと立ち上がった。

 殺せ。

 頭の奥で、誰かが囁いた。

 今なら、確実に殺せる。

 でも──。

「……俺は」

 拳を下ろす。

 全身が軋む。

 無理やり何かを押さえつけ、舌を噛み、振るおうとする拳を止める。

 ……戦わない。

 次の瞬間、力が抜けた。

 膝から崩れ落ちる。

 視界が暗転する直前、見えたのは──。

 倒れた異形の向こうで、慌てて駆け寄ってくる人影と、ノアの安堵したような表情だった。

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