双刀炎神《デュアルブレイム》

ゆりゅ

少年の目指した夢

1-1

 学園生活というのは、とてつもなく面倒くさい。

 バスを乗り損ねようが、怪我をしていようが、授業は容赦なく始まる。

 単位を取らなければ卒業できない以上、理由になどならない。

 だから俺は、通学路の景色を眺めながら自転車を走らせていた。

 近所のコンビニと雑貨屋の間にある路地を抜ければ、長い長い橋が姿を現す。

 ──レインボーブリッジ。

 ここを越えた先に、闘戦学園を含む巨大な学園群が存在する「学園島」がある。

 生徒たちは橋の手前にある「寮島」で生活し、通学するのが一般的だ。

 学園島と寮島を繋ぐこの橋は、例えるならダンベルの棒の部分だ。

 両端の重りが二つの島で、中央がこの橋。

 ちなみに、俺が乗り損ねたバスは、闘戦学園専用の直通便だ。

 巨大な学園が五つ、小規模な学園は数百。混乱を避けるため、巨大学園には専用の交通手段が用意されている。

 ──正直、助かる。

 朝から大勢の生徒と席の取り合いをしなくて済むからだ。もっとも、今日みたいなことが起きると意味はないが。

 本来、徒歩なら二十分。自転車なら寮島から境界線まで十分、橋を渡って学園に着くまで三十分。合計四十分。

 波の音と潮風を感じながら橋を渡り、時刻を確認する。

 午前八時三十分。

 一限は八時五十分開始。間に合いそうで、内心ほっと息をついた。

 ──その時だった。

 闘戦学園の正門、赤門をくぐろうとした瞬間。

 空気が歪むような違和感が、全身を貫いた。

 同じ景色。だが、決定的に何かが違う。

 次の瞬間、俺の周囲が影に包まれた。

「……っ!?」 

 見上げるまでもない。

 雨宿りができそうなほど巨大な影──トラックだ。

 まずい。

 反射的に横へ飛ぶ。潰される自転車と、割れる窓ガラスの音。背中から地面に叩きつけられ、息が詰まった。

「が……っ」

 制服が裂ける感触。

 背中に走る激痛と、腕に突き刺さるガラス片。

 冗談じゃない。

 トラックが空から落ちてくるなんて、どんな世紀末だ。

 誰かが、意図的にやった。

 そう理解した瞬間──背筋が凍った。

「……いる」

 頭上十五メートル。太陽光に紛れて姿は見えないが、確信できる。

 ──真上に、何かがいる。

 巨人のような影が、まっすぐこちらへ落下してくる。

 ギリギリで後ろへ跳ぶ。

 地面を砕き、轟音と共に現れたのは、全身が青く腐ったような異形だった。

「……能力者?」

 否。

 能力者とは、肉体強化や魔法のような超現象を扱う存在だ。

 だが、これは違う。

 肉体そのものが、歪んでいて不気味だ。

 共存など、考えられない──そう思った瞬間。

「そうよ。あれは能力者じゃない」

 声が、突然割り込んできた。

 振り返った瞬間、俺は思考を止めた。

 目の前、わずか数センチ。

 燃えるような赤髪を持つ少女が立っていた。

「……は?」

 反射的に後ずさり、転倒する。

 当然だ。

 いきなり目の前に現れたら、誰だって驚く。

「なに転んでるのよ。みっともない。もしかして、私の顔に見惚れた?」

「馬鹿言うな! 急に現れたら誰だって──」

 咆哮。

 空気を震わせるほどの怒声が響いた。

「見つかったわね」

 少女は静かに言い、こちらを一瞥する。

「問題ないわ。あれは私が倒す。アンタはそこで観てなさい……その怪我じゃ、動けないでしょ」

 そう言って、両肩の鞘から刀を抜いた。

 二刀流。

 腰まである赤い長髪。小柄な体格。

 闘戦学園のセーラー服と朱と白のスカート。

 噂に聞いた特徴が、全て一致する。

「……赤瀬ノア?」

 闘戦学園最強。

 炎を操る、Sランク能力者。

 二つ名は、『双刀炎神デュアルブレイム』。

 彼女が刀を振り上げた瞬間──

 空へと昇る、巨大な火柱が生まれた。

 熱。

 圧。

 視界が歪むほどの熱量。

「……来るわよ」

 ノアが低く告げた、その直後。

 異形が地面を蹴った。

 速い。

 巨体に似合わない速度。

 ノアは一歩も引かず、真正面から迎え撃つ。

 次の瞬間、爆音。

 炎が弾け、空へと昇る火柱が異形へ降り注ぐ。

 ──これが、最強。

 だが。

「……?」

 俺は違和感を覚えた。

 ノアの攻撃は、確実に当たっている。

 なのに、異形は倒れない。

 それどころか──。

「……でかくなってないか?」

 そう呟いた瞬間、異形が再び動いた。

 ノアは舌打ちし、後方へ跳ぶ。

「チッ……面倒ね」

 その表情に、焦りはない。

 だが、確信した。

 ──この戦い、簡単には終わらない。

 そして、俺はまだ知らなかった。

 この戦場で、最も危険なのは、あのバケモノでも、ノアでもないということを。

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