第2話記録係は、それを異常と呼ばなかった

【祝福処理ログ:再照合】


端末に表示された文字列を、記録係は黙って見つめていた。

エラー表示はない。

処理は正常に完了している。


――それが、一番厄介だった。


「能力、未付与……?」


隣の席の女が、小さく声を落とす。


「確認した。誤表示じゃない」


「でも、祝福は成立してる」


「そう書いてある」


言葉を交わしながら、誰も安心していなかった。

想定外ではあるが、異常ではない。

それが、この場にいる全員を縛っていた。


記録係は、過去ログを呼び出す。

始祖級、英霊憑依者、上位精霊契約者。

似た分類を探すが、該当項目は見当たらない。


「分類不能……じゃなくて」


画面を睨みながら、記録係は訂正する。


「未登録だ」


その一言で、室内の空気が変わった。


誰も口にしない。

だが全員が、同じ単語を思い浮かべている。


――前例なし。


上位精霊監査官が、奥のモニターに視線を移した。

そこには、祝福を終えたばかりの少年が映っている。


少年は歩いていた。

隣には精霊がいる。

何気ない会話をし、時折、笑っている。


異常はない。

危険行動もない。

数値も、反応も、すべて平均的だ。


それが、違和感だった。


「……静かすぎる」


誰かが、ぽつりと言った。


監査官は何も答えない。

ただ映像を見つめている。


「上へ、報告しますか」


別の職員が尋ねる。


監査官は、少しだけ考える素振りを見せたあと、首を横に振った。


「不要だ」


「理由は?」


一拍、間が空いた。


「前任者から、引き継ぎがある」


監査官は淡々と告げる。


「疑うな、と」


それ以上の説明はなかった。


誰も質問しない。

質問すること自体が、間違いのような空気があった。


記録係は、静かにログを確定させる。


【祝福処理:正常完了】

【付与能力:該当なし】

【分類:未登録】

【備考:観測対象】


最後の一行を入力したとき、

なぜか、画面の向こうから見られている気がした。


記録係は、視線を逸らす。


理由は、書かなかった。

理由を書いてはいけないと、誰もが理解していた。

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2026年1月18日 00:00

『泉の祝福を受ける日』 初見さん @hitroshi

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