胃袋を掴め! 5

 魔法の光が鍋を包み込んでいる間に、厨房の外の様子をそっとうかがう。

 扉の隙間から、子供たちの顔がいくつも覗いていた。

 レオとルークの双子が、くんくんと鼻を動かしている。


「なあ、なんかいい匂いしないか?」


「うん、する! 今までのスープと全然違う匂いだ!」


 アンナも、驚いたように厨房の方を見ている。

 リックは、相変わらず腕を組んで壁に寄りかかっているけど、その視線は厨房の扉に釘付けだ。


 そして、マーサ院長。

 彼女は、椅子に座ったまま、眉間の皺をさらに深くして、扉を睨みつけていた。


「ふん、ハッタリじゃなかったってのかい、あの子は……」みたいな心の声が聞こえてきそうだ。


 よしよし、みんな、私の術中にハマっているな!


 スープが魔法の力でコトコトと煮込まれている間に、私は次の革命に取り掛かる。

 ターゲットは、あの凶器レベルに硬い黒パンだ。

 まずは、パン切り包丁で、黒パンを1センチくらいの厚さにスライスしていく。


 これがまた、硬いのなんの!

 パンというより、もはや木の板を切っている感覚に近い。

 一枚切るだけで、腕がじんわりと痺れる。


「ふんっ!」


 二枚目。包丁が途中で引っかかって、断面がガタガタになる。


(……硬い! 硬すぎる! なんでパンがこんなに硬いの!? 保存料の代わりに何かすごい技術でも使ってるの!?)


 三枚目を切ろうとしたところで、私の堪忍袋の緒が、ぷつりと音を立てて切れた。


(……やってられるかーっ!)


 なんで私が、こんな非効率極まりない肉体労働をしなきゃいけないの!?

 前世だったら、速攻で上司に「この作業、費用対効果悪すぎなんで、外注しませんか?」って提案してるレベルよ!


 そうだ、私には魔法があったじゃない!

 楽できるところは、徹底的に楽をする。それが私の目指すスローライフの基本理念!

 私は包丁をまな板に叩きつけるように置くと、残りの黒パンの塊に向かって、ビシッと指を突きつけた。


「《スライス、厚さ1センチで均一に》ッ!」


 その瞬間、パン切り包丁がひとりでに浮き上がり、超高速で動き始めた!

 シャシャシャシャッ! と、小気味の良い音を立てながら、硬い黒パンが、まるで柔らかい食パンのように、次々とスライスされていく。


 しかも、全ての厚さが寸分の狂いもなく、完璧に1センチ!

 あっという間に、まな板の上には、美しくスライスされたパンの山が出来上がった。


「……最初からこうすればよかった」


 うん、完全に無駄な労力だったね!

 気を取り直して、スライスされたパンを厨房にあった大きな鉄板に並べていく。

 そして、ここで再び文明の利器の登場だ。

 四次元バッグから、こっそり取り出した『食塩不使用バター』。


 これを小さな鍋に入れて、《点火》魔法でとろとろに溶かす。

 黄金色に輝く液体バターの、なんとも背徳的で、甘美な香り!

 これを、刷毛で一枚一枚、パンの表面に丁寧に塗っていく。


 次に、白い魔法の粉、『グラニュー糖』と、茶色い香りの魔法、『シナモンパウダー』。

 これを、バターを塗ったパンの上に、パラパラと雪のように振りかけていく。


(ふっふっふ……。ただの硬い黒パンが、今、黄金に輝く至高のスイーツへと生まれ変わるのだ……!)


 準備ができた鉄板を、かまどの上の空いているスペースに置く。


「甘く、香ばしく、カリカリになーれ! 《調理》!」


 再び、私の適当な詠唱と共に、魔法が発動。

 鉄板が、オーブンのように均一な熱で包まれていく。

 じゅわっ、とバターの溶ける音。


 砂糖が熱でカラメル化していく、甘くて香ばしい匂い。

 その匂いが、スープのコンソメとハーブの香りと混じり合って、厨房中に充満していく。

 これは、もはやテロだ。食欲を刺激する、幸福のテロ!

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