胃袋を掴め! 2

 マーサ院長は、深い深いため息をついた。そのため息には、「なんで私の周りには面倒な奴しかいないんだ」という宇宙レベルの諦観が込められている。


「料理? あんたみたいなチビにかい? 悪いことは言わないから、やめときな。ここの厨房の鍋は、あんたの体くらい重いんだよ。火傷でもしたらどうするんだい」


 またしても、鼻で笑われた。

 ぐぬぬ……! 見た目で判断するとは、これだから(以下略)!


 でも、ここで引き下がる私ではない。むしろ、こういう逆境の方が燃えるタイプなのだ、元社畜は!

 ……いや、待てよ。私、定時で帰るタイプのホワイト社員だったわ。給料もたぶん平均的だったし、社畜じゃないじゃん。でもまあ、理不尽な上司とか、無意味な会議とか、そういう社会の逆境にはさんざん耐えてきたんだから、広義の意味では社畜と言っても過言ではないはず! うん、そういうことにしておこう!


「大丈夫です! 重い鍋は持ちませんし、火も使いません!」


「火を使わずに、どうやって料理するんだい?」


「私の魔法があれば、もっと安全で、もっと美味しいものが作れます!」


 私が胸を張って言い切ると、マーサさんの眉がピクリと動いた。

 そうだ、この世界は魔法がある世界。そして、昨日の『お掃除革命』で、私がただの子供ではないことは、ここにいる全員が知っているはず。


「試しに一度、お昼ご飯を作らせてください。もし、みんなが『不味い』って言ったら、もう二度と厨房には立ちませんから!」


 私は、交渉のテーブルに、自分のプライド(と、今後の料理当番権)を賭けた。

 前世で学んだ交渉術の一つ。「相手に『断る理由』を与えない提案をする」。


「試しに一度」なら、マーサ院長も断りにくいだろう。しかも、失敗したら二度とやらない、というリスクヘッジ付き。どうだ!


 マーサ院長は、しばらく腕を組んで私を睨みつけていたが、やがて、諦めたように大きく息を吐いた。


「……ふん。面白いじゃないか。そこまで言うなら、やらせてやろうじゃないか」


(よっしゃ、食いついた!)


「ただし!」


 マーサ院長は、人差し指をビシッと私に突きつける。


「食材を無駄にしたら、承知しないよ。うちには、あんたの遊びに付き合うほどの余裕はないんだからね!」


「はい! お任せください!」


 私は、満面の笑みで敬礼してみせた。

 こうして、私は孤児院の厨房の使用権と、子供たちのお腹を満たすという、重大なミッションを手に入れたのだった。


 よし、見てなさい。

 私の料理で、君たちの胃袋をがっちり掴んでやるから!


 ◇


 マーサ院長から厨房の使用許可という名の「言質」をゲットした私は、昼食の時間が来るのを今か今かと待ちわびていた。

 子供たちの視線が、なんだかいつもより私に突き刺さっている気がする。「本当に料理なんてできるのかよ?」という疑いの視線と、「もしかしたら、また何かすごいことしてくれるかも?」という期待の視線。それがちょうど半々くらい。うん、プレッシャーがすごい!


 そして、運命のお昼前。

 マーサ院長が「コトリ、あんた、本当にやるんだね?」と最後の確認をしてくる。もちろん、やる気は満々だ。


「はい! 今日のお昼は、私に任せてください!」


「……ふん。まあ、せいぜい頑張りな」


 そう言って、マーサ院長は厨房の入り口にドンと椅子を置き、腕を組んで仁王立ちならぬ仁王座り。完全に「お前のやることを一部始終見張っててやるからな」という強い意志を感じる。

 うわ、監視付きかよ! これじゃ、こっそり通販で買ったものを持ち込めないじゃない!


「あの、マーサさん……?」


「なんだい。言っとくが、手伝う気はないよ。あんたが一人でやるって言ったんだからね」


「いえ、そうじゃなくて……。その、一人で集中したいので、終わるまで外で待っててもらえませんか……?」


 私の言葉に、マーサ院長の眉間の皺が、さらに深さを増した。


「ほう? この私を厨房から追い出すってのかい。生意気な口をきくじゃないか」


 ひえっ! こわい!

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