胃袋を掴め! 1

 革命の翌朝。

 私は、ふっかふかのベッドの上で、天国のような目覚めを迎える。

 いやー、快適!  昨日の私、グッジョブ!


 《洗浄》《乾燥》《陽光》のトリプルコンボで生まれ変わった布団は、まるで高級ホテルの羽毛布団のよう。カビ臭さの代わりに、お日様の匂いがするシーツに顔をうずめるこの幸せ。プライスレス。


『コトリ、朝だよー!』


 私の寝ているベッドの下段から、元気な声が聞こえる。声の主は、もちろんコロ。

 昨夜は子供たちにもみくちゃにされて疲れたのか、私のベッドではなく、空いていたリックの下の段で丸くなっていたらしい。リックも、まんざらでもない顔でコロの背中を撫でていたのを、私は知っている。ふふん、素直じゃないんだから!


「んー……おはよう、コロ」


 私がのそりと起き上がると、部屋の中はすでにもぬけの殻。どうやら私が一番の寝坊助だったようだ。まあ、10歳の子供の体だからね、睡眠は大事だよね! 言い訳だけど!

 のそのそと食堂へ向かうと、そこには昨日とは打って変わって、ほんの少しだけ明るい雰囲気が漂っていた。


 レオとルークが、どっちが早く着替えられたかで小競り合いをしているし、アンナはそれを「朝からうるさいわね!」と諌めている。うん、子供らしい日常って感じ。

 でも、その日常も、朝食の時間が来たとたんに終わりを告げる。


 食卓に並ぶのは、今日も薄味の塩水スープと、歯の鍛錬にしかならない硬質黒パン。

 うっ……昨夜の快適な眠りで上がったQOL(生活の質)ゲージが、この朝食のせいで急降下していくのが分かる。


「いただきます」


 小さな声が、ぽつり、ぽつりと続く。

 子供たちは、昨日までと同じように、無言でスープをすすり、硬いパンをスープに浸して、なんとか食べられる硬さになるのを待っている。


 私もそれに倣う。……うん、やっぱり美味しくない。

 ふと、テーブルの隅に座るエミリーに目をやる。


 彼女は、綺麗になったベッドのおかげか、昨日よりは少しだけ顔色が良い気がする。でも、やっぱり食は進まないらしい。スープを数口飲んだだけで、硬いパンには手もつけず、ただじっと自分の膝の上のボロボロのウサギを見つめている。

 その痩せた小さな背中が、なんだかとても寂しそうに見えた。


(……ダメだ、これじゃ)


 ベッドが綺麗になったくらいじゃ、根本的な解決にはならない。

 人間、やっぱり食事が一番大事なのだ。美味しいものを食べて、お腹がいっぱいになれば、自然と元気も出るし、笑顔にもなる。


 前世の私だって、仕事でどんなに理不尽な目に遭っても、美味しいランチと、仕事終わりのコンビニスイーツがあったから乗り越えられたのだ。


(ベッドがふかふかになっても、ご飯がこれじゃQOLは半分も上がらない! 特にエミリー、このままじゃ本当に栄養失調になっちゃう。私の快適な孤児院ライフのためにも、そして何より、あの子の笑顔のためにも、食生活の改革は急務!)


 よし、決めた。

 革命第二章の幕開けだ。

 今度のターゲットは、この絶望的なまでに貧しい食卓!


 私は、残っていたスープをぐいっと飲み干すと、勢いよく立ち上がった。

 そして、朝食の片付けのために厨房へ向かうマーサ院長の背中に向かって、高らかに宣言する。


「マーサさん!」


 私の声に、厨房に片足を踏み入れていたマーサ院長が、面倒くさそうに振り返る。


「なんだい、コトリ。朝から騒々しいね」


「単刀直入に言います! 今日から、私も料理を手伝わせてください!」


 その言葉に、マーサ院長だけでなく、食堂にいた全員の視線が、私に突き刺さった。

 リックが「はぁ?」と呆れたような声を漏らし、レオとルークは「お前が?」「料理できんのかよー」と茶化すように笑う。

 アンナも、心配そうな、というか、不審者を見るような目で私を見ていた。


 うん、まあ、そうなるよね。

 どう見ても10歳の、昨日来たばかりの新入りが、いきなり「料理させろ」なんて言い出したら、そうなるに決まってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る