孤児院のニューフェイス 10

 一夜明け、私の改革への決意は、ぺしゃんこの枕と硬いベッドのせいで、より強固なものとなる。

 体が痛い! 10歳の健康ボディをもってしても、これはキツイ! 昨夜は何度も寝返りを打ったせいで、全く熟睡できなかった。


 おのれ、低反発マットレスが恋しい……!

 ……というのは、半分くらい本当で、半分は嘘。


 本当は、昨夜の出来事が頭から離れなくて、ほとんど一睡もできていないのだ。

 目を閉じれば、暗闇に光るチンピラのナイフと、それを一瞬で粉砕した、白い閃光が蘇る。

 耳の奥には、コロの、今まで聞いたこともないような低い唸り声と、男たちの絶叫がこびりついている。

 怖かった。


 本当に、死ぬかと思った。

 でも、それ以上に、私の心を占めているのは、別の感情。

 それは、非力な自分への不甲斐なさと、そして、小さな体で私を守ってくれた、愛しい相棒への感謝と、決意。


(コロは、守ってくれた。でも、私は? 私は、コロに何をしてあげられる?)


 昨夜、コロは腕を折るだけで済ませてくれた。

 でも、もし相手がもっと手強かったら? もし、コロが怪我をしていたら?

 考えただけで、ぞっとする。


(ダメだ。守られてるだけじゃ、ダメなんだ)


 この世界は、私が思っていたよりも、ずっと危険な場所だ。

 快適な寝床や、美味しい食事を手に入れるだけじゃ、本当のスローライフは手に入らない。

 まず、何よりも先に確保しなければならないもの。


 それは、『安全』だ。

 私自身と、コロと、そして、まだ何も知らない子供たちが、夜に怯えることなく、安心して眠れる場所。

 そのためには、力が必要だ。


 私自身が、強くならなきゃいけない。

 コロを危険な目に遭わせないくらい、私が、この孤児院を守れるくらいに。


(……そのためなら、なんだってしてやる)


 ベッドから起き上がると、足元で丸くなって眠っていたコロが、もぞもぞと顔を上げた。

 そして、「くぅん」と甘えた声で鳴きながら、私の手に頭をすり寄せてくる。

 その姿は、昨夜の獰猛な戦士の姿とは、似ても似つかない。


(君は、私の可愛いもふもふ。戦わせたりなんて、したくないんだよ)


 私は、そのふわふわの頭を優しく撫でながら、改めて決意を固める。

 まず、この孤児院を、物理的にも、経済的にも、要塞化する。

 それが、私の革命の、本当の第一歩だ。


 ◇


 そんな決意を胸に迎えた翌朝。

 朝食の、あの悲しい塩水スープと硬質黒パン(もはや我が家の風物詩)を終えると、年長の子ども達と双子の兄弟達が、ぞろぞろと立ち上がり始めたのだ。


「マーサさん、行ってくる」


「俺たちも稼いでくるー!」


 リックやアンナ、双子たちが、次々と玄関へ向かっていく。


(ん? なになに? みんなでお出かけ? 私も行くー!)


 私がワクワクしながら尋ねると、マーサ院長は、心底面倒くさそうに、深ーいため息をついた。


「仕事だよ。あの子たちも、自分の食い扶持くらいは、自分で稼がなきゃならんからね」


 残されたのは、私と、まだ働くには幼すぎるエミリー、そして監督役(?)のマーサさんだけ。

 がらんとした食堂で、私は改めてこの孤児院の厳しい現実を噛み締めていた。


(……本当に行っちゃった。本当に、毎日働いてるんだ……)


 昨夜の決意が、鈍く心に響く。

 物理的にも、経済的にも、この場所を変える。

 そのためには、まず何から手をつけるべきか。


(そうだ。まずは、あの子たちが帰ってきた時に、心から『ホッとできる』場所を作ってあげよう)


 一日中、外の厳しい世界で戦ってきた彼らが、扉を開けた瞬間に「ああ、帰ってきた」と思えるような、清潔で、温かい空間。

 それが、私の革命の第一歩にふさわしい。


「マーサさん」


 私は、食器を片付けていたマーサ院長に向き直った。


「あの、私、何かお手伝いできることはありませんか? 掃除とか、得意なんです!」


「掃除? ふん、あんたみたいなチビに何ができるんだい」


 鼻で笑われた。

 ぐぬぬ……! 見た目で判断するとは、これだから大人は! って私も中身は大人で、人を見た目で判断するけどな!


「できます! 私に任せてください! この孤児院を、ピッカピカにしてみせますから!」


 胸を張って言い切ると、マーサ院長は面倒くさそうに手を止める。


「……好きにしな。どうせすぐに音を上げるだろうがね」


 言質は取った!

 よし、見てなさい、マーサ院長。これから始まるのは、ただのお掃除じゃない。

 文明と魔法が融合した、新時代の『お掃除革命』なのだ! って100%魔法だけどな!


 私は、一人残されたエミリーと、私の足元で尻尾を振るコロに向かって、宣言する。


「エミリー、コロ。これから、すごい魔法を見せてあげるからね!」


 そして、子供たちがいない静かな昼下がり。

 私と、小さな観客 (エミリーとコロ)が見守る中、新時代の『お掃除革命』の幕が上がった!


「まずは、食堂から! みんなが毎日ご飯を食べる場所なんだから、ピカピカじゃないとね!」


 最初のターゲットは、食堂のテーブルに敷かれた、もはや元の色が何色だったのか判別不能なテーブルクロスだ。長年のスープのシミが、前衛的なアート作品みたいになっている。

 そのテーブルクロスに、そっと手をかざす。

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