孤児院のニューフェイス 11

「《洗浄》!」


 その瞬間、私の手から淡い光が放たれ、テーブルクロスをふわりと包み込む。

 エミリーが、隣で「わぁ…」と小さな息を漏らすのが聞こえる。


 光に包まれたテーブルクロスは、まるで早送り動画を見ているかのように、その姿を変えていく。茶色くこびりついていたシミが、すーっと消え、黄ばみがみるみるうちに白くなっていく。

 そして、光が収まった時。そこにあったのは、まるで新品のように真っ白なテーブルクロスだった。


「どう? すごいでしょ?」


 得意気にエミリーに話しかけると、彼女はこくこくと何度も頷き、その大きな瞳をキラキラさせていた。

 厨房の入り口から様子を窺っていたマーサ院長も、あんぐりと口を開けて固まっている。


(ふふふ、驚くがいい! これが生活魔法Lv.99の実力よ! 洗剤も水もいらない、地球にも優しいエコでサステナブルなお掃除術! どうだ、参ったか!)


 内心でドヤ顔を決め込む私。

 よし、この調子で、サービスはまだまだ続く!


「次は、みんなの寝床を、もっと気持ちよくしてあげる!」


 意気揚々と、寝室へと向かう。

 あのカビ臭い、薄暗い寝室へ。


「みんなのベッド、全部ピカピカにするからね!」


 私は部屋に並んだ三台の二段ベッドに向かって、指をリズミカルに振った。


「《洗浄》、《乾燥》、《陽光》! こっちも《洗浄》、《乾燥》、《陽光》! はい、最後も《洗浄》、《乾燥》、《陽光》!」


 ポン、ポン、ポン! と軽快な音でも聞こえそうなほど、私の魔法は次々とベッドを光で包んでいく。

 薄汚れたシーツと毛布が、一瞬で洗い立てのように真っ白に。

 湿っぽかった布団は、まるで天日干ししたみたいに、ふっかふかに。


 そして、仕上げの《陽光》魔法で、部屋全体がお日様の匂いに満たされていく。

 カビ臭く、じめっとしていた空気が、あっという間に高原の朝のように爽やかになった。



「ふぅ、こんなものかな!」


 全ての掃除を終え、孤児院は見違えるように明るく、清潔な空間へと生まれ変わっていた。

 エミリーは、目を丸くして、変わり果てた部屋の中をきょろきょろと見回している。


 そして、夕方。

 ガチャリ、と玄関の扉が開く音。

 一番に帰ってきたのは、双子のレオとルークだった。


「ただいまー……って、うわあああああ!?」

「な、なんだここ!? 俺たちの家、ピカピカになってる!」


 二人は、玄関に立ったまま、目をまん丸にして固まっている。

 続いて帰ってきたアンナも、リックも、変わり果てた我が家の姿に、同じように言葉を失っていた。


「すっげー! ベッドが、ふわふわだー!」

「あったかい匂いがする!」


 寝室の変わりように気づいたレオとルークが、我先にとベッドにダイブしていく。そのはしゃぎっぷりたるや、ものすごい。

 アンナは、信じられないという顔で、真っ白になったシーツにそっと触れている。そして、隣で目を輝かせているエミリーを見て、驚きと感謝が入り混じったような、複雑な表情で私の方をちらりと見た。


 その光景を、部屋の入り口でマーサさんが呆然と見つめている。

 リックはというと、「……お前が、やったのか」と、呆然とした顔で私を見ていた。


(ふふふ、どうです、皆さん。これが、私からのサプライズプレゼントですよ!)


 疲れ果てて帰ってきた子供たちを、最高の形で出迎える。うん、我ながら完璧な演出だ。

 ひとしきりベッドダイブ大会を楽しんだレオが、「よーし、次はコロだ!」と、私の足元にいたコロをひょいと抱き上げようとする。


「コロも一緒に寝ようぜ! うらぁ!」

「……うぐっ!? お、重てぇ! こいつ、見た目より全然重いぞ! 中身詰まってんのか!?」


 おい少年、失礼なこと言うんじゃないよ! うちの子は太ってるんじゃないの、筋肉質で密度が高いだけなの!

 レオはじたばたするコロを支えきれず、ベッドの上にどすん、と落としてしまう。

 コロは「ふん、やれやれだぜ」みたいな顔で、乱れた毛並みを整え始めた。うん、そのハードボイルドな仕草、全然似合ってないからね。可愛いだけだからね。

 それを見て、他の子供たちも笑いながらコロの周りに集まってくる。


「本当だ、もふもふだ!」

「あったかーい!」


 警戒心強め女子だったアンナも、ついに陥落したようだ。彼女はエミリーの手をそっと取って、一緒にコロの頭を優しく撫でている。「本当に、すごいことをするのね、あなたは……」と、私に向かって柔らかく微笑みかけてくれる。

 はい、アンナお姉様も、これで完全に攻略完了です! チョロいぜ!


 子供たちの輪の中心で、コロはもみくちゃにされながらも、尻尾をぶんぶん振ってご満悦だ。さすが我が家のアイドル、接待スキルも完璧である。

 そんな中、一人だけ輪に加わらず、壁の花になっている人物が約一名。

 そう、リックだ。彼は少し離れた場所から「……ガキだな」なんて悪態をついてるけど、その目が「いいなー、俺も混ざりたいなー」って語ってるのを、私は見逃さない。


 ふふん、素直じゃないねぇ、思春期! 後でこっそり撫でさせてあげるから、今は強がってなさい!

 部屋中のベッドがすっかり輝きを取り戻し、子供たちの表情が明るくなった、その時。

 私の目の前に、ポンッ、と半透明のウィンドウが浮かび上がる。


『ハルモニア孤児院の衛生環境を改善し、子供たちの健康を向上させました』

『公衆衛生への貢献が認められます』

『ボーナスとして、10,000ポイントを付与します』

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