第一章 拾う手と渡す手


 ひらり。


 小学六年生最初の朝。

 前の席から、何かが舞い落ちた。

 それは、黄色い水仙の、栞。


 拾おうと身をかがめた瞬間、別の手が伸びてきた。

 指先が触れ合って、私たちは同時に手を引いた。


「「あっ!」」


 床に落ちたままの栞を、私が拾い上げた。

 クリーム色の台紙に、黄色い栞ひも。


 花は絵と思っていたが、黄色い水仙の押し花だった。

 ちょっとゆがんでいたから、きっと手作りなのだろう。


「手、出して」


 私がそう言うと、前の席の男子は、ゆっくりと手のひらを差し出した。


「あ、ありがとう。これ、大切な物なんだ」


「だったら、落としちゃだめだよ」


 そう言って、彼の手に栞をそっと乗せた。


「うん、わかってる」


 彼はそう言うと、読んでいた本「でーれーガールズ」に栞を入れた。

 少しおおげさに思えるくらい、大切そうに。


「男の子なのに、物語を読むんだね」


 今から思えばとても失礼なことを言ってしまった。

 でも、当時の私に悪意はなかった。

 周りの男子はみんな走り回っていて、そんな子がいるなんて思わなかったから。


「それは偏見だよ。男の子だって、本は読む」


 彼は少し笑って、こう続けた。


「それを言うなら、君は──」


 私は他の子より背が高くて、声が高かった。

 ただそれだけのことで、いつもクラスでひとりぼっちだった。


「あ、ごめん。もう言わないから、許してくれる?」


「……うん」


 私はこくりと小さく頷く。


「よかった。僕は蔵本くらもと。君は?」


六島杏奈むしまあんな


「実は僕も、ひとりぼっちなんだ。よかったら少し話を聞いてよ」



 蔵本君は、私が口下手なのを良いことに、くだらない話を延々としてきた。

 給食で出た冷凍みかんが歯に染みただとか、先生の顔がモグラに似ているだとか。


 くだらないのに、話を聞いていると不思議と落ち着いた。

 いつの頃からか、彼が話しかけてくるのを待っているようになった。



「どうしてそんなに話を思いつくの?」


「本を読むからさ。本は人生を豊かにする。──父さんの受け売りだけど」


 蔵本君は読書家だった。

 私に話しかけない時はずっと本を読んでいた。


「ほら、これ読んでみてよ」


 そう彼にすすめられて私も本を読むようになった。

 ナルニア国物語。モモ。

 彼が差し出す物語の中で、私は知らない世界を旅するようになった。



 やがて彼は、時々自分で書いた物語を持ってくるようになった。


「ちょっとこれ、読んでくれないかな。僕が書いたんだ」


 その中では私が主人公にされていた。

 こことは違う世界に行き、宇宙人と戦い、冒険をした。

 内容はめちゃくちゃだし、私は主人公って柄じゃなかった。

 でも──不思議と嫌ではなかった。


「蔵本君って、変だよね」


「変? どこあたりが?」


「──全部」




(第二章「読む手と書く手」に続く)


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