【第二章】 〜私、独り立ちして、旅に出ますっ!〜
【1】
時はあっという間に流れ、私は更に成長し、今年で十八になった。
相変わらず私はオレンと湖で密会している。
そして、成長したのは体と歳だけではない。
魔力は想像していた以上の力を宿しているようで、当の本人の私ですら、自らの力の限界が分からずにいる。
色んな不安はもちろんあって、今私がする事は多分暴走をしないようにコントロールする事だと思っている。
そして、母が手助けをしてくれていた昔とは違って、成長した今となっては私だけでやらなければならない。
成長すればする程、昔の無邪気な力の使い方とは違って、その重みは物凄い重みとなって伸し掛るのだ。
そうなってくると、今のこの狭い知識だけの状態では限界が来るわけで。
木に寄りかかりながら座る私の頬に擦り寄るオレンが、何か言いたげにこちらを見る。
ジッと見つめると、頭に直接何かイメージのようなものが流れてくるみたいな感覚。
「私に、ここを離れろって、言ってるの?」
オレンは肯定するように一度ゆっくり瞬きをする。
ここから、父や母、キールから離れて、私はちゃんとやっていけるのだろうか。
いや、やっていかなきゃいけないんだ。
みんなとこのまま何の不安もない、平穏な生活に浸っていたいと思うのに、どこかで物足りなさも感じていて。
それを、オレンは見抜いているのだろう。
もっと力を使いこなしたい、知識を広げたい。
何も出来ず、何もなかった私にもできる事が今は未知数にあるかもしれないのだ。
色んな人の役に立てるなら、そういう存在でありたい。 どんどん欲は大きくなる。
「でも、そうなったら、オレンともお別れしなくちゃいけなくなるね……寂しいなぁ……」
弱音を吐く私の頬に、オレンが鼻をくっつける。 大丈夫だと、言われたみたいだ。
私は早速家に帰り、父と母に話をした。
寂しそうにした二人だったけれど、私の旅立ちを受け入れ、成長だと喜んで送り出してくれた。
出発の日、私は二人と、そしてキールとの別れを惜しみつつも、泣きながら笑顔を忘れないようにつとめた。
持てるだけの荷物を詰めた重たいカバンを背中に背負い、私は歩く。
まず目指すのは、母が魔力の制御に協力してもらった術師がいるという街だ。
母が言うには、少し変わった人だけど面白くていい人との事だった。
一人旅なんて前の世界では出張でしかした事はなかった。
気楽な旅は生まれて初めてで、不安より今は完全にワクワクが勝ってしまっている。
道に生える薬草や、使えそうな花達に目を奪われながらも、順調に進む。
私の旅立ちを祝福するかのように、空も晴天だ。
そして、母がくれた胸に掛かるペンダントに、少しだけ違和感があった。
力は相変わらず感じるけど、更に何か違う力も感じるのだ。
違和感は微妙過ぎて、私にしか分からないだろう。
父が持たせてくれたお金を使い、隣街で必要なものを買い足し、野宿は危ないからするなとうるさいくらい言われたから宿屋に泊まる。
少し硬いベッドに座り、一息つく。
外は暗くなり、酒場通りが賑やかになる時間だ。
ペンダントに触れ、ベッドに横になって目を閉じる。
誰かの気配がする。この部屋には私だけのはずなのに。
でも、不思議と嫌な感じはしない。逆に、心が暖かくなるみたいだ。
ペンダントから感じる違和感は、これだったのか。
額に触れる柔らかな感触。
私はこれを知っていた。
「ついてきてくれたの?」
ブルブルと鼻を鳴らし、頬ずりする。
「あそこから離れて平気なんだね。一緒に来てよかったの?」
目の前に現れたオレンの首元を撫でる。
擦り寄るオレンが、スッと立ち上がり、いつもより激しい光が体を包み込む。
眩しさに目を閉じ、光が収まると目を開ける。そして、目を疑った。
目の前には、いたはずのオレンの姿はなく、代わりに知らない男性が立っていた。
白く美しい艶やかな長い髪、透き通るような滑らかな肌、まつ毛も長くて全てにおいて、顔のパーツが整っていて、ただただ美しい。
魅了され、多分私は今アホみたいな顔をしているだろう。
「驚かせたね、でもこれも僕だから、慣れてね」
微笑み、頬を撫でられ、抱きしめられた。
凄く、いい匂いがする。
そして気づいた。
彼は服を着ていない。しかも、全裸ときている。
「ちょ、ちょっと待っててっ! いい? ジッとして、部屋から絶対出ないでねっ! すぐ戻るからっ!」
私は彼一人置いて、私は急いで宿屋の店主に相談する。
「男性物かい? うちの息子の服でよかったら持ってきな」
「すみません……。あの、お金は……」
「そんなのいいよ。どうせ古着だからな」
にこやかに店主さんがくれた服をありがたく頂き、部屋に戻る。
服を着た事がないと言うオレンに素早く服を着させて、とりあえずは落ち着いた。
しかし、何故こんな事になったのか。
色々頭が追いつかないけど、とりあえず今日は歩き疲れたので眠る事にした。
オレンが床で丸くなって眠り始めた時はさすがに止めて、少し狭いベッドで一緒に眠った。
男性と思うのではなく、アリコーンとして見る努力が必要だった。
【2】
翌日、オレンは当分人型のままでいる事にしたようで、私は店主さんにもう一人分に服代を上乗せして料金を払って宿を後にする。
親切には親切をと父も母も言っていたし、私もそう思う。
奇妙な二人旅になってしまったわけだけど、一人よりは二人の方が楽しいのは確かで。
「サラ、これ凄いよっ! 見てっ!」
楽しそうに街に出ている屋台の商品を見て、子供みたいにはしゃぐ体の大きなオレンに苦笑しながら、私達は街を歩き回る。
視線が、刺さる。
隣で無邪気にはしゃぐオレンとすれ違う度に、女性が振り返る。
確かにここまで美しいと、街はちょっとしたパニックだ。しかも、隣にいるのが私のような若い女だとしたら、更に彼女達の好奇心をくすぐるだろう。
隣にいる女は恋人なのか。美しく素敵な男性の隣になぜあんな平凡な女がいるのか、と。
気になって当然だとは思うけど、あまり目立つのは好きじゃないし、こんな悪目立ちはもっと嫌だ。
居心地が悪い私を察したのか、オレンが私の顔を覗き込む。
「サラ、楽しくない? 浮かない顔してる」
「あ、ううん、楽しくないわけじゃないよ。ただ、ちょっと居心地が……」
私が言いかけた時、二人組の若い女性が近づいてくる。
「お兄さんこの辺じゃ見かけないですねぇー。旅の方ですかぁー?」
「ほんと素敵だわぁー。もし良かったらぁー、私達が街を案内しましょーかぁー?」
媚びるような声で甘えるように話しかけてきた二人の女性が、オレンに軽く触れた。
瞬間、オレンがスっと身を引いて私の腰に腕を回す。
そしてふわりと柔らかく微笑む。
「申し訳ないけれど、僕は彼女と二人でいたいんだ。邪魔をしないでもらえるかな」
有無を言わせない意志の強さで言葉を発したオレンが、私のこめかみに軽く唇を押し付けた。
なんと自然な動きだろうか。
それを見ていた女性達から、悲鳴に似た声が上がる。
「さぁ、行こうか」
腰を持たれ、エスコートされるがまま歩き出す。
周りに聞こえないくらいの小さな声で、オレンが耳元で囁く。
「この容姿じゃない方がよさそうだね。このままじゃ、君に迷惑をかけてしまう」
言って微笑んだ。
それはアリコーンに戻るという意味なのだろうか。
街の外れの人気のない場所まで来た時、オレンが目を閉じた。
目を細める程度で済むくらいの軽い光がオレンを包む。
光が収まった頃には、オレンの容姿が変わっていた。
至って平凡な、まさに普通の青年だった。
「これならいいかな」
満足そうに笑うオレンの笑顔は、平凡な青年である今でも輝いて見えた。
必要な物はもう揃っていたので、私達は街を出る事にした。
今の状況でこの街にいるのは、あまりいい結果を生まない気がしたから。
街を出て、何人かとすれ違ったけど、誰もオレンを見て振り返る事はなくなった。
次の街まで少し距離があるようで、両親との約束を破るようで申し訳ないけれど、今はオレンもいるし何とかなるだろうと、今日は野宿する事にした。
歩いていると森へと続く道に入り、少し進んだ所に丁度よさそうな湖が見える。
そこで一休みする事に。
オレンは人型を解き、元の姿に戻って湖へ口をつけて水を飲む。
その姿を見つめ、私は改めて不思議な生き物だなぁと思った。
そんな私の視線に気づき、オレンはこちらに歩み寄り、頬ずりをする。
滑らかな肌触りに目を閉じ、受け入れて反対側の頬辺りを撫でた。
日が落ち始め、さすがに何があるか分からないという事で、少し前に母に教えられた結界を張り、夜に備える。
盗賊、追い剥ぎ、他にも森には危険な生き物までいる。
身も守る為の多少の対応策はあるけど、色んな万が一を考えるのが森で夜を過ごす時の一番の対応策だと、オレンとの相談で決まった。
何でもないよりはあった方がいい。
人型になったオレンと協力して薪を集めて火を焚いて、近くにあった川でオレンが捕まえた魚と、家から持ってきた図鑑を見ながら採ったキノコや山菜を私が調理する。
調理というほど凝ったものを作るわけでもないけど、それでもオレンは美味しいと喜んで食べてくれた。
何だか、遠足に来たみたいな気分で、ワクワクしていた。
すっかり辺りは暗くなり、虫や鳥、他にも色々な生き物の声が森に響き始める。
パチパチと焚き火の音が眠気を誘う。
「眠い? 眠っていいんだよ。僕がちゃんと見張っているから」
「ダメだよ、オレンもちゃんと寝なきゃ。その為に結界を張ったんだから」
「ふふ、そうだね。じゃ、寝ようか」
布を二つ並べて敷いて、体を寝かせる。
「ゆっくりおやすみ」
「うん、おやすみ。オレンも……ゆっくり……ね、て……」
私の意識はそこで途切れた。
私が起きるまで、オレンが眠らずにずっと見張っていてくれた事を知って、説教をしたのは言うまでもない。
【3】
オレンを無理やり寝かせ、その間に私は湖で水浴びをする。
ちゃんと結界を張るのを忘れない。
「はぁー……気持ちいぃー……」
手で湖の水を掬ったり、形を変えて星や動物にして遊びながら、ゆったりした時間を過ごす。
昼なのに人がいないからか、水の音と鳥の囀りだけが響く森は静かだ。
────カサッ。
草を踏む音がしたと思ったら、湖に顔を突っ込む人影が見えた。
まさかの出来事に固まってしまった。
顔を上げた人物とガッツリ目が合う。
向こうも人がいると思っていなかったようで、お互いが固まる。
「綺麗だ……女神か……?」
小さく呟いたその言葉は、私の叫び声で掻き消えた。
私の左側に座り、不審そうな顔をしているオレンと、右斜め前で私の作った簡単なご飯を夢中で頬張り、目を輝かせながら「うまっ!」と連呼してくれている人物を交互に見る。
「取らないからもっとゆっくり食べなきゃ、喉詰まっちゃう」
「んぐっ! っ!!」
「あー、ほら。はい、お水」
渡したお水を飲み、喉の詰まりを解消して一息吐く。
人間だけど、頭には耳が生えていて、お尻からはフサフサの犬のようなしっぽも生えている。
肩から掛けているフード付きのマントのような物は、よく見たらボロボロだ。
「ありがとう、助かった。久しぶりの食事で、こんな美味いもんが食えるなんて、あんたやっぱり女神だな」
そう犬歯を見せて笑った彼からは、最初の警戒心が嘘のように消えていた。
「俺はヴィルマ、よろしくな」
お互い自己紹介をした後、まだ警戒を解かないオレンも渋々といった様子で自己紹介をする。
「あなたも旅を? 目的地は?」
「まぁ、そんな感じかな。目的地は……特にないな。宛のない旅だな。俺は生まれてからずっと一人だから」
そう言って少し寂しそうに苦笑した。
そして見えてしまった。彼の首で重たく控え目に主張する、首輪のようなものが。
昔、何かの本で見た事があったものとそっくりで、あまりいいものではなかった記憶がある。当たらないで欲しい予想だった。
触れるべきではないのだろうけど、もし彼がそれに縛られ、自由を奪われてしまっているのなら、解き放って自由にしてあげたい。
また私のお節介の虫が疼き始める。
「自由に、なりたい?」
「え?」
「首のそれ……外して欲しい?」
私が、首にある鉄の首輪の話題を出した瞬間、ヴィルマの顔が強ばった。
「な、何……言ってんだよ……。これは、お前には……外せないし……俺は、一生自由になんて……なれない……」
「どうして? 何でもやってみなきゃ分からないでしょ。やる前から諦めてどうするの?」
「無理なんだっ!」
声を荒らげた彼が、苦しそうに呻く。
「今まで色んな場所に行って、聞いて、何でも試したっ! でもっ……無理だった……」
今にも泣きそうな顔で、膝に置いた拳を握り締める。
立ち上がってヴィルマの前で座り込み、その拳の上から手を乗せると、ヴィルマが驚いたようにこちらを見た。
「今までは無理でも、今からは分からない。私を、信じてみない?」
私には、確信があった。
絶対、外せると。
「出来るよ、サラならね」
当たり前だろと言わんばかりに、そっぽを向いたオレンが言う。
「サラ……俺を……自由に、してくれっ……もう、奴隷で……いたくないっ! こんな物に、縛られていたくないっ!」
「うん、任せて。私があなたを自由にしてあげる」
マントを取ると、太くて重たそうな鉄の首輪が嫌に目立つ。
「眩しいかもしれないから、目を閉じていて。目を開けた時には、あなたは自由だよ」
緊張したみたいに頷いたヴィルマが、ゆっくり目を閉じる。
左にいるオレンにチラリと視線を向けると、気づいたのかふわりと微笑んだ。
まるで大丈夫だと言っているかのようで、私は微笑み返してヴィルマに向き直った。
深呼吸を一つ。
手をゆっくり首輪に当てる。
まるで抵抗するように、少しビリっと静電気のようなものが手に当たる感触がしたけど、そんな程度で私はビクともしない。
いける。そう、思った。
私は更に自分の力が大きくなっている事を自覚した瞬間でもあった。
ヴィルマの苦労を無にするようで申し訳ないけれど、重たい首輪はいとも簡単に砕け散って消えた。
「終わったよ、ヴィルマ。目、開けていいよ」
ゆっくり目を開けるヴィルマが、自らの首に触れる。
「う、嘘……だろ……。こんな……こんな事っ……」
生まれて少しして母を亡くし、奴隷として育ったヴィルマは、酷い扱いを受け続け、それでもいつか普通の暮らしを夢見て生きる事を諦めず、やっと今一人で逃げて来たと聞いた。
「獣人としても中途半端で、何の力もなくて。でも、奴隷としてじゃなく、平凡な暮らしでもいいからちゃんと他の奴等みたいにって、ずっと願って来た。その願いだけで、俺は死よりも苦しくて辛い奴隷生活を耐えてきた」
ヴィルマは凄い。
現実から逃げ、ぬくぬくと優しい世界で育った私なんかより、遥かに立派だ。
「何でサラが泣くんだよ……」
「ヴィルマは……凄いねっ……偉いよ……よく、頑張ったね……辛かったよねっ……」
私には、彼の奴隷としての辛さなんて全く想像がつかないから、彼の代わりに泣く事しか出来なくて。
「サラは……優しいな……。やっぱりサラは女神だよ……俺の、女神だ……」
恥ずかしそうに「ありがとう」と笑ったヴィルマは、何処かスッキリしたみたいな顔をしていた。
それが見れただけで、私は幸せな気持ちになった。
異世界転生を夢見ちゃダメか〜現実から逃げて異世界で好き勝手に生きたっていいじゃないか〜 柚美。 @yuzumi773
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