鋼鉄の受勲と不死身の確信

 空から降るのは、雨ではなく鋼鉄の破片だった。一九一八年の初頭、西部戦線は巨大な墓場と化していた。大地は幾千もの砲弾によって耕され、そこから芽吹くのは生命ではなく、腐敗した肉と錆びた鉄条網の棘だけだった。私はこの地獄の中を、相変わらず一人の伝令兵として、死の合間を縫うように駆け抜けていた。


 ある日のことだ。激しい砲撃の下、通信が途絶した前線部隊へ命令書を届ける任務に就いた。周囲の連帯は次々と沈黙し、空気には毒ガスと焼けた火薬の匂いが澱んでいた。私が走る足元で、数秒前まで息をしていた男が泥の一部へと帰していく。だが、私の心臓は驚くほど規則的な鼓動を刻んでいた。恐怖は、すでに私の内側で「純粋な観察」へと昇華されていたのだ。


(……見よ。運命という筆が、再び私を避けて通る)


 目の前で巨大な爆発が起き、猛烈な爆風が私の体を地面に叩きつけた。鼓膜は破れんばかりに鳴り、視界は真っ赤な火花で覆われた。しかし、立ち上がった私の肉体には、擦り傷一つついていない。私は帽子に付いた泥を払い、何事もなかったかのように再び走り出した。このような経験は、一度や二度ではなかった。連隊の中で、私の名は「不死身の奇人」として広まりつつあった。三度も四度も部隊が全滅し、私だけが報告書を抱えて司令部に生還する。それは統計学的な偶然を超え、宗教的な畏怖さえも周囲に抱かせ始めていた。


 その年の八月、私はついに「第一級鉄十字勲章」を受章した。伍長勤務上等兵という下級兵士にとって、これは異例中の異例、最高級の名誉である。司令部で行われた授与式。私の胸に冷たく光る鋼鉄の十字架がピンで留められたとき、私は自らの内側で、ある巨大な「設計図」の最終的な輪郭が確定するのを感じた。


 しかし、この栄光の裏側には、私のパレットを汚す耐え難い「シミ」が存在していた。私をこの勲章に推薦したのは、連隊副官のヒューゴー・グートマン中尉。……ユダヤ人だった。


 私は、授与式の最中も、彼から向けられる称賛の視線を真っ向から受け止めることができなかった。なぜだ。なぜ、私が構築しようとしている「純粋なドイツ」の理想において、排除されるべき不純物であるはずの男が、私の価値を証明する側に立っているのか。私という完璧な作品を評価するのが、不浄な血液を持つ者であるという事実は、私にとって勲章の重み以上に鋭い屈辱となって胸を刺した。


(……認めない。これは、彼が私を評価したのではない。運命という神が、ユダヤ人という卑俗な道具を使って、私の正当性を世界に告げさせたに過ぎない)


 私は、自分の内側にある「不都合な事実」を、凄まじい精神力で塗りつぶしていった。感謝など微塵もなかった。むしろ、グートマンのような「汚れ」に推薦されなければならなかったこの世界の配置そのものを、私は激しく呪った。この勲章は、私とドイツの絆の証であり、彼のような存在を排除するための「正義の免状」なのだと、私は自分に言い聞かせた。


 その夜、私は一人、塹壕の暗がりで勲章の冷たい感触を指先でなぞっていた。鋼鉄の十字架が、私の指の熱を吸い取っていく。私は確信した。私がこれほどまでに死を免れ、これほどまでの名誉を手に入れたのは、私が「特別な人間」だからだ。  私は単なる兵士ではない。私は、この崩壊しつつある世界を再構築するために、天から遣わされた「歴史の設計者」なのだ。


 私は、スケッチブックを手に取り、自画像の代わりに、巨大な、あまりにも巨大な神殿のドームを描き殴った。それはウィーンで描いていた繊細な建築画とは一線を画していた。重厚な石の塊、天を突くような冷徹な直線。そこには慈悲も、優しさも、人間の温もりも存在しない。あるのは、鋼鉄のような意志だけが支配する、永遠の秩序だ。


「……私の時代が、来る。この地獄の火が消えた後、真っ白な灰になった世界の上に、私がこの神殿を建てるのだ」


 周囲では、戦意を喪失した兵士たちが、敗戦の予感に震えながら泥水を啜っていた。彼らは、皇帝を呪い、戦争を呪い、明日の生存さえも疑っていた。だが、私だけは違った。私は、この戦争が終わることを望んでいなかった。あるいは、終わるとしても、それはこの腐敗した旧世界が完全に焼き尽くされた後でなければならないと考えていた。不死身の確信は、私を「人間」から「怪物」へと変質させた。私はもはや、銃弾を避ける努力すらやめた。私が死ぬはずがないのだ。私の設計図が完成する前に、運命が私を回収することなどあり得ない。私は、砲火の嵐の中を、胸に鉄の十字架を光らせながら、悠然と歩き続けた。


  一九一八年、夏。ドイツ帝国は断崖絶壁の縁に立っていた。だが、私の心象風景の中では、新世界の夜明けが、血のような真っ赤な色彩を伴って、すでに始まっていたのだ。

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