宇宙港のターミナルは、歓喜の喧騒に満ちていた。

人々が、互いの実体を確認するように激しく抱き合っている。


ハルは、その光景から離れた場所で、静かに立っていた。

黒い革手袋に覆われた右腕。

医師は「組織が死んでいる。義手へ換装すべきだ」と繰り返した。彼女自身、ふとした瞬間に、この血の通わぬ肉の塊が、自分に寄生する死者の遺骸のように感じられて、背筋が凍ることがあった。


だが、ハルは左手で、その重い右腕をそっと支えた。

重い。意志を拒絶する、圧倒的な物理的質量。

彼女は、自らの身体にその死んだ腕を回した。


(ハル、これでもう――)

脳裏に蘇る、痛烈な抱擁の残響。

この不自由な重みがある限り。他の誰にも、この場所を明け渡さない限り。

レンは、宇宙のどんな距離も時間も超越して、私を引き留め続けている。


人混みの中で独り、動かない腕を抱きしめるハルの姿は、傍目には静かな狂気に見えたかもしれない。


彼女は、一瞬だけ怖くなった。

だが、次の瞬間、その「重さ」が彼女の心臓を強く叩いた。

それは、絶望を分かち合った者だけが知る、ひび割れた幸福の感触だった。

ハルは小さく息を吐き、冬の澄んだ空を見上げた。


二十分の残響は、消えることのない刻印となって、彼女の血潮の中に溶け込んでいた。

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二十分の残響:聖遺物の受肉 銀 護力(しろがね もりよし) @kana07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画