第3話最愛-別れ-
「6手だ」
「……え?」
「僕は5手と言った。5手目は足払いだろ?これは6手目だ」
この人ってこんなに負けず嫌いだったんだ。
「悔しかったら師匠も剣をとったらどうです?」
スッと立ち上がると見たことない師匠の姿につい意地悪が口をついた。
「では…今度は君が後悔する番だね」
彼も正剣に身を低く構える。
「次も勝ちます!」
「今のは引き分けだ」
右への薙ぎ!防がれる。楽しい
流れる様に私の刀身をそって彼の刀が返ってくる。
飛び退いて距離を取る。たのしい!
再接敵して振り下ろす。避けられる。
たのしい!たのしい!!
1手交える毎にわたしの中に私が
1手交える毎にわたしの中に彼が
1手交える毎に彼の中に私が刻まれ溶け合っていく。
彼からすれば7才の少女を組伏せるなんて造作もないだろう。
でも彼はそんな無粋をしない。
これは稽古なのだから。
「…はあ…はあ……っずるいです」
数刻後には青く柔らかな草の上で横たわっていた。
「体力勝負を選ぶのも戦略だよ」
微笑みが憎たらしい。
「大人げ…っないです!」
「そりゃあそうだよ対等なレディとして扱ってるからね」
本当にずるい。
「そろそろ立てるかい?最後の抗議の前にプレゼントがあるんだ」
促されて立ち上がる。
私の手に彼の手が触れて離れるとヒヤリとした硬質さが残る。
夜を携えた宝石
幼い手には余る代物が握らされる。
「ほら、君はずっと自分のムンディアンカー
を欲しがっていただろ?…それはブルーサファイア」
ブルーサファイア…彼の差し出した夜空は市販のムンディアンカーとは異なるカッティングが施されていて高さのあるドーム状だった。
「随分と独特なカッティングですね……それにこの光の反射……初めて見ます」
「それはアステリズムを活かす為のカボションカット。宝石内部のルチルが反射しているんだ。このカッティングがブルーサファイアを最も輝かせられるかなって思ってね」
「まるで夜空の一番星を閉じ込めたみたいだろ」
「素敵」
青い輝きから目を離せずそれだけを呟く。
「何ボサッとしてるんだい?」
「え?」
「それは宝石じゃなくてムンディアンカーだ。魔力を込めてこそだ」
魔力
呪いの黒髪に起因する闇属性。
私を愛した両親は呪いを隠す為に躍起になっていた。
私を苦しめた闇魔法。
知識も剣術も稽古で培った技術だ。
私の生まれつきの才能であり最も嫌いだけど自信のある魔法。
だけど今は夜空をこれからコーティングする私の黒を想像すると胸が高鳴る。
闇の魔力はこの瞬間の為にあったのかと倒錯する。
特別な事はない。
生まれた瞬間に呼吸をするのと同じ。
触れる硬質に魔力を流す。
それがわたしの再誕になる。
「…………なんで?」
夜空に黒は灯らなかった。
黒じゃなく半透明な出来の悪いオブラートに包まれる夜空は陳腐だ。
おかしい
何度も何度も身体を洗い直す。
魔力の弱まりなんて感じない。
初めて魔力の分析をする。
隅々まで意識を渡らせる。原因を探る。
生まれ持った圧倒的な魔力に陰りはない。
なんで!
おかしい!
こんなはずじゃない。
「これは面白いね」
「何が!…面白いんですか」
「すまない…言葉選びを間違えた。1度落ち着こうか」
私の怒気に晒され訂正する。
「何でそんなに落ち着いてるんですか?闇魔法が使えないんですよ!!」
「何も問題ない」
「何がです!?」
「こっちに来なさい……手を」
彼に促されるままに差し出すと力強く捕まれる。
腕から熱が流れ込む。
彼は穏やかに静かに語る。
「うん…魔力量は変わらないね」
「そうです」
「やっぱり問題ないね」
「だから何が問題ないんですか?」
「安心して。魔法の属性は君の表面に過ぎないよ…君の魔力の根源は変わってない」
「…魔力の根源?」
「変革の為の期間なのかもしれない。いわば羽化前の蛹だね」
「意味が解らないです」
「問題ない」
繰り返される根拠のない問題ない。
その断定的な言葉に私の心は凪ぐ。
根拠のない問題ないが頭に刷り込まれる。
「それに君は属性の強さにかまけていた節があるからね。いい機会だ基礎魔法を磨きなさい」
「説教」
「とんでもない」
ただ笑いあう。
「そろそろ行くよ」
咄嗟にわたしは彼の袖口を掴んでしまう。
時を止めてほしい。
「…いやです」
「ちょっと安心したよ…今日は泣いてくれないのかと思った」
涙が頬を伝っている事に気づかされる。
そうだ。こんなはずじゃなかった。
私は幼いアッシュじゃなくて
後悔なんて何もなくて
ここは黄泉の入り口なのに
何で泣いているんだろう
何でとっくに失った筈の彼に執着しているの?
「アッシュ僕を見てくれないか?」
目線を上げるとエメラルドは一際強く煜いていた。
「今日の君は世界を知ったように大人びていたね。でも今だけは昨日までの君だ…でも僕は知ってるよ、もう昨日までのアッシュではない事を」
「だったら行かないでください!」
「もう君は無垢な少女じゃない」
「まだ未熟です…せめて1週間。いいえ、贅沢は言いません1日でもいいから近くで!導いて!…くださいよ……」
袖口を掴む手は強く。
涙は勢いを増すけどエメラルドからは反らさない。
「僕もこの瞬間に溺れていたい…でも君と出会って生まれた種があるんだ。それは今日の君に出会って花開いた…だから行くんだよ」
今度は彼が膝をついて私の目をみる。
つかんだ腕を払った指先が涙で濡れた頬に繊細に触れる。
「私は自分に課せられた仕事を果たさねばならない」
14年後に彼は志半ばで散る。
「アステール。約束する。今日が別れではない君が道を照らす限り私たちは何度も巡り合う」
まだ14年ある。
「約束です」
涙は止まらなくても前を向く。
「また会おう」
どちらからともなく、そんな言葉は出た。
去り行く彼の背中をいつまでも見ていた。
湧水止まらず花揺らぐ
これが私とジャンポール帝国17代皇帝セッティングサン=レジティマシーとの6ヶ月間だった。
鮮血の魔女が回帰したら戦乱にフェニックスを呼ぶ黒髪の聖女に!? ―覇王に捧げられた天下はお断りです― まぬるねこなむる @manulineko
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