第2話最愛-再定義-

浮遊




再定義ーーーー再構築









 身体が軽い

 淀みなく流れる水の音

 紅茶の香り……これは…クサギの香り?

 じんわりと身体に熱が入る

 急な視界のホワイトアウトに堪らなく瞼を上げる。


 鮮やかな金と澄んだグリーンが陽射し以上の熱さで私の網膜を焼く。


 "初恋"


 私を膝枕する彼と視線があう。

 柔らかい声が問いかける。

「アッシュ…起きたかい?」


 最悪だ。

 走馬灯とはこういう物を言うのか。


 幼い私は両親が純心で編み込んだ鳥籠の中に居た。

 しかし、この鳥籠も例に漏れず子供の活発な魂を縛ることはできず、私は屋敷を抜け出してはこの湧水池に足を運び戯れていた。


 領地争いに敗れ、放浪していた彼が目の前に現れたのは7歳の時だった。

 一目惚れだった。


 整った顔立ち。気品のある所作。甘い声。8つの年の差がなせる大人への羨望。

 鳥籠の中で過ごした7つの少女が恋に落ちない理由がなかった。


 それから旅立つまでの半年間で彼の口から語られる世界は何よりも私をワクワクさせた。

 知れば知るほどに好きな気持ちが溢れだした。彼の事。世界の事。


 世界を教わり、剣を教わった!魔法だって教えてもらえた。


 このクサギとコウホネにバイカモが生い茂る白と黄色の水溜まりは確かに私の過去であり憧憬になった。


 でも、もう十分。


「それで、地獄はどちらですか?」

 ?


「ふふっ…ははははは!!」

 彼のこんな笑い声を初めて聞いた。

「ごめんね、少し待って」

 笑いを抑えようとしているらしいが収まる気配はない。


「今日は帝国歴708年の6月31日だよ」

 ひとしきり笑い終えると彼はそう言う。


「え…?」

「アッシュが聞きたいのはそれかなって」

 よっぽど今の状況が面白いらしく。いやあ、前から素質があるとは思ってたけどそうきたかぁと感心したように呟いている。


「ちょっと待って!」

 あまりの衝撃に跳ね起きて自分の身体をみる。

 自分の声が高い気がしたが身体も幼い。


 愕然とする。

 走馬灯とはここまでか。


「ここは黄泉の入り口ではないのですか?」


「良い質問だね…さあ座って」

 水辺に寄り、指し示された場所に並んで座る。

「最後の講義にちょうど良いね。いまのジャンポール帝国の情勢を覚えてるかい?」


 帝国歴708年6月31日


 穏やかな水流を前にしても頭の混乱は何1つ解決しない。

 目の前の問いに答える。

 それが前に進む唯一の手掛かりなのだろう。

「683年の前帝王の崩御に端を発する跡目争いが11年に及び地方政治が機能不全を起こした結果、帝国は大きく分断されした」

 一本ずつ丁寧に紐解く。

「中央では首都セデスシャフレから王を追い落としたグリュック家が一大勢力ではあるもののレグザ家も機を伺っていて安寧とは程遠いです。」

「そうだね。そして都の西側諸国はお互いの牽制で膠着状態…都の西側はどうかな?」

 納得した様に頷くと続きを促す。

 その促しで知識が湧き出す。

「西側で最も危険なのは最西端に位置するアーティクルイデアル。ここは領主が市民の出で破格の税により領民全体の士気が高いです。それをヴァイスロイ騎士団とスウィフトデストリエーロが抑えている状況です」

 一拍置く。

 話す毎に自分の記憶と身体の知識が朧気になる。

「そこから内戦が続くイニティウムがあって。ここヴァーダントディープに繋がります。」

 溢れるままに語ると彼の瞳が私の瞳を覗き込んでいた。


「君は羽ばたく事を知ったんだね」

 彼は立ち上がると、意味を理解できない私に練習用の剣を差し出した。


「座学はもう良いだろ?次は身体の方だね」


 そういえば私ってこの人に勝った事ないんだっけ?


「後悔しますよ」

 言葉が溢れる。


 彼は挑発的な私の言葉に口角を上げる。

「これは稽古だよ。5手で実力を見てあげよう」

 

 アーキタイパルストライク


 彼から受け継ぎ死の間際まで私を支えた型。

 全ての始祖であり真髄は攻撃が最高の防御。


 基本に忠実に低く構える私に対して彼は自然体で構えもしない。


 カウンター狙い。

 小さくなった身体には好都合だ。

 初撃を譲るつもりなら主導権はこちらにある。


 重心を落とした身体の力を

 刀を握り返す手の感覚を

 間合いを詰めながら足の感覚を頭に叩き込む。

 

 身長差を嫌えば普通は下がるが彼はそうしない。


 5手

 これは嘘だ。


 手の内を知り合う型がぶつかれば私の1撃か彼のカウンターで終わる。


 冷静にどの攻撃が最も効果的か探る。


 ここ!


 全身のバネを総稼働して一気に延び上がる。

 完璧な跳躍

 理想の太刀筋


 届かない!

 カウンターがくる

 私の渾身の切り上げは彼に交わされる。

 返す刀を避けようと転がりながら間合いを離脱するが追撃は無かった。


「何で返さないんですか?」

 体制を整えて問う。

「言っただろう。5手で実力を見ると、この5手は君だけで5手だよ。それに今のは返さなかったんじゃない。返せなかったんだ。誇りなさい。」

「絶対に勝ちます」


 2手 もっと深く

 3手 もっと高く

 4手 もっと速く

 私は切り上げの精度を高めていく

 次が最後の5手目。


「返せないとは言ったけど避けられないとは言ってないよ?」

 彼の表情から1手目の時の緊張感が抜ける。

 いける。

 勝利の確信。

 もっとも深く。

 もっとも低く。

 力を大地に溜める。


 バっと解き放つ。

 上ではなく下へ。

 相手の重心が崩れる手応え。

 4手の切り上げで上に集中した意識と緊張感の欠如は足下への意識を薄れさせていた。

 足払いで崩れた彼に私は覆い被さると、そのまま切っ先を突きつける。


 決着の瞬間に時が止まる。

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