心の夜明け
群青の空に光る一番星に見守られながら、心地よい風が黒い毛並みを優しく撫で、潮の香りが微かに鼻腔をくすぐる。砂浜を歩くこの時間はなんとも和む、心安らぐひとときだった。波の寄せては返す静かな音は、永劫の時を刻むように響き、この香りと音、そしてこの静謐な空気は何ものにも代えがたい。幾度となく人々の喧騒と悲嘆の渦中に身を置いてきた私にとって、この夜の海はいつも変わらず、すべてを包み込む大きな器のようだった。最後に心ゆくまで海を見たのは、一体何年前だったろうか。
それにしても、ここの海は本当に美しい。もう少し早く着いていれば、夕焼けに燃えるような壮大な景色を見れたかもしれなかったと、ささやかな惜しさが胸をよぎる。しかし、明日もまた、新たな景色が待っているだろう。そう、いつだってこの世界は変化し続ける。
そんなことを思いながら砂浜に腰を下ろし、波の音を聞きながら水平線を眺めようとふと前を見ると、視界の隅に闇に溶け込みそうな人影が映った。
ん? 波打ち際に、誰か人が立っている。女性だろうか? 時計を確認するまでもなく、すでに遅い時間だ。私と同じように、夜の海に何かを求めて来たのだろうか。長い髪が潮風に靡く様は、まるで一枚の哀愁を帯びた絵画のようだ。
その女性は、海の色を映したような水色のワンピースを着て、裸足で歩いていた。海辺なので当然と言えば当然の姿だが、その佇まいからは、普段は土を踏むことさえ躊躇しそうな都会的な空気が滲み出ていた。だからこそ、その意外な姿に私はわずかな驚きを感じた。
彼女は、波打ち際をただ歩きたくなったのだろうか? いや、きっとそれだけではない。受信するアンテナのように、何かを捉えた耳の先がピクンと動いた。
すると彼女は、まるで何かに導かれるようにためらいもなく、水の中へと歩みを進めた。波は膝下くらいまで、そして時には太もも近くまで押し寄せ、彼女のワンピースの裾を濡らしていく。私は息を潜めて、彼女を見守った。
波に半身を揉まれながらも、彼女は周りの空気を全て吸い込むかのように、すーーーっと音が出るほど深く息を吸い込んだ。数秒後、その息を溜め込むように、反らせた体がぴたりと止まる。潮風に遊ばれる長い髪の先が、わずかに水に浸かっていた。それは嵐の前の静けさ。張り詰めた弦のような緊張感が、夜の闇に満ちた。
次の瞬間、張り詰めたゴムが勢いよく跳ね返るかのように、彼女は夜の海に向かって叫んだ。
「バカーーーーーーーーーーっっっ!!!」
その声は、少し離れたところにいた私の耳膜を震わせるほど強烈で、思わず耳を塞ぎたくなるほどだった。同時に心臓の奥に直接響くような、途方もない悲痛さを孕んでいた。
当の本人は、その叫びの反動で力が抜けたのかその場で膝から崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。それは嗚咽というよりも、魂の叫びが喉を震わせるような、絞り出すような泣き声だった。波の音が彼女の嗚咽に呼応するように一段と激しさを増した
古くから変わらぬ、人々の感情の奔流。この海は、いつの時代も、それを静かに受け止めてきた。その本能的な行いに、私はどこか畏敬の念さえ抱いた。
私は静かに、彼女の震える背中を見つめた。彼女からこぼれ落ちる涙は、これまで精一杯生きてきた証だ。嬉しい時も、悲しい時でも伴うそれは、誰かに渡せるものではない。一人で抱えるからこそ、その有り難みが分かる。
私は愛用の大きな革製のかばんを、砂埃の少ない場所にそっと下ろした。中から組み立て式の道具を取り出し、しなやかな指先で組み立て始める。カチャカチャと、金属と木材が交互に音を立て、簡易的なテーブルと椅子、そして持ち運び式の小さなカウンターが、月の光の下に姿を現した。
今日はやけに静かだ。耳を澄ますと、すぐ近くまで波の音が聞こえてくる。
私は首を軽く振って一呼吸置いた。深く、ゆっくりと息を吐き出す。そして体を少し反らせて、肺いっぱいに息を吸い込む。体に満ちる潮の香りが、微かな高揚と、深く染み付いた哀愁を呼び起こす。
私は置いていたかばんから藍色のネクタイを取り出し、両手で器用に巻いてきゅっと締めた。さあ、今夜もお仕事の時間ですね――――
「やってらんないわ! ほんとっ、世の中おかしいわよ!」
彼女は涙でくしゃくしゃになった顔と掠れた声で、吐き捨てるように言った。
海で泣きじゃくる彼女に声をかけ、私の夜目に負けないほど目を丸くして驚いた後、先程セットしておいたテーブルと椅子へ彼女を案内した。私の小さな手でドリンクを作る様子を見て、徐々に表情が柔らかくなったのでもしやと思いましたが、私もまだまだ力不足ですね。
彼女は地元から上京して数年。日々仕事に懸命に取り組む中で出会った男性と付き合い、同じ時間を交わすうちに互いの将来のことも真剣に考えていた。だがその男性は、他の女性とも関係を持っていた。それを彼女が見つけ問いただしたたころ逆上し、自分は被害者だと言い張った。彼女の悪評を散々に吐き散らし、挙句周囲にも火の粉を振り撒いて、彼女の元から姿を消した。裏切りと嘲笑、そしてぶつけようのないやるせない怒りと悲しみが、彼女を追い詰めた。
声を張り上げたせいか喉はすっかり枯れ、目元に涙を溜めながら、また叫びたそうに、あるいは泣き崩れそうに唇を震わせている。
「お辛いですね」
私の声は低く、しかし深い水底から湧き上がるような、優しさを湛えていた。その響きは、彼女の張り詰めた神経を、僅かながら緩ませた。彼女は机に突っ伏し、「うう……もうやだぁ」と、子供のように声を上げて泣き出しそうな様相だった。
私は彼女に聞こえないくらいの小さな咳払いをして、すっとドリンクを差し出した。
「よろしければ、こちらをどうぞ。少々荒療治かもしれませんが、ご自分のためと思って」
グラスの中で揺れる液体は、煤けた琥珀色のような色をしている。それはまるで、彼女の心の奥底に沈殿させた、苦い感情の塊を思わせた。
「なによ……これ」
彼女はそう言い、警戒するようにグラスを傾けながら、恐る恐る口に運んだ。次の瞬間、あまりの苦さに、むせ返るように大きく咳き込んだ。その口からは、耐え難いほどの苦味と酸味が広がり、全身が拒絶反応を示しているのが見て取れた。
「うわ、まっっず。ゲホッ、ゲホッゲホ! なんで、こんなもの出すのよ。普通はもっと甘いのとか、スッキリするの出すでしょ」
涙目になりながら、彼女はキッと私を睨みつけた。その瞳には深い絶望と、これ以上傷つけられたくないという悲痛な願いが滲んでいた。
「あなたも、私を馬鹿にしてるんじゃないでしょうね」
その言葉は、幾度となく裏切られ、侮蔑されてきた魂の叫びだった。
「ははは、すみません」
私は苦笑しながら、静かに言葉を続けた。私の目元は、その言葉とは裏腹に、深い慈愛を宿していた。
「でも、その強烈な苦さで、少しだけでも嫌なことは忘れられたでしょう? それとも、私への怒りで頭の中がいっぱいになりましたか?」
彼女は何も言わなかった。ただ、私を睨むその目は、先ほどよりもいくらか焦点が定まっているように見えた。怒りと戸惑いが、彼女の内に渦巻く混沌を、一時的に押し留めたかのようだった。
私は静かに、彼女の空になったグラスを回収した。カウンター越しに、彼女の視線が私の小さな手に釘付けになっているのがわかる。肉球をそっとグラスの底に添え、もう一つのグラスを差し出した。淡い月の光を溶かしたような、あるいは絹のような滑らかさを感じさせる乳白色の液体。グラスの縁からはほのかな甘い香りが漂っている。
「よろしければ、今度はこちらをどうぞ。ご期待には応えられると思いますよ」
彼女は疑うような視線を投げかけながらも、無言でグラスを手に取った。警戒しながら一口飲むと、その瞼がわずかに動いた。ゆっくりと口に流し込み、目が徐々に開いていく。押し留めていた何かが解放されていくように、眉間のしわがゆっくりと解けていった。彼女はゴクゴクと勢いよく飲み干し、あっという間にグラスは空になった。飲み終えた彼女の顔には、先ほどの苦悶の表情はどこにもなく、安堵とかすかな幸福感に満ち溢れていた。
「はぁ……美味しい」
彼女はそう言って、ようやく柔らかな笑顔を取り戻した。その声には微かな震えが残っていたが、それはもう悲しみの震えではなかった。
「なに、このジュース。なんかこう……包んでくれるような、そんな優しい味がする」
私は会釈した。
「そう感じていただけたなら、幸いです。そのドリンクは、貴女の中に元々あった温かい光の味を、思い出させてくれたのかもしれませんね」
彼女は空になったグラスを見ながら、ふぅんと呟いた。やがて「まあ、確かにね」と、髪をくるくると巻きながら、照れくさそうに艶やかな唇を少し尖らせた。その声には先ほどまでの刺々しさは消え失せ、諦めにも似た、しかし確かな納得が滲んでいた。
「私にも、理不尽に打ちひしがれ、心が沈む日もありました。まるで悪いことばかりが続くように感じて」
彼女への言葉を選びながら、私は続けた。
「でも、その中の悪いことも少し経ってから、時と場合によってはいいことになったと、ふと思い出してみて感じたこともあります。それから、こう考えるようになりました。悪いことも、それは今だけなのかもしれない、って」
彼女の瞳にわずかながら、未来を見据える光が宿ったのを感じた。それは深い絶望の淵から、ようやく顔を上げ始めた者の小さな希望の光だった。しかし、まだ心に澱むものがあるのを、私は見過ごさなかった。
私は空のグラスを手に取り、新しいグラスに彼女が美味しいと言ったドリンクを入れて、コースターの上に置いた。彼女は目を見開き、待ってましたとばかりにそれを手に取った。その仕草には、ドリンクの持つ癒しの力への、確かな信頼が芽生えていた。
彼女はゆっくりと口に運び、少し口に含み転がしたあと「ふう」と安堵の息をついた。と思った束の間、彼女の顔から笑顔が消え、悟るような顔つきを隠すように俯きながら、「でも、」と、今度はさらに深い、魂の痛みを滲ませた声で口を開いた。
「私……彼のために頑張って努力したのに、好かれようって頑張ったのに、ちょっとのことなら許してあげようって、彼のことをわかってあげられるのは私だけだって、言い聞かせてたのに……ずっと、我慢してたのに」
大粒の涙が、堰を切ったように彼女の頬を伝い落ちる。それを隠すように顔を伏せる彼女の声は震えている。途切れ途切れに口にする彼女の思いは、今まで誰にも言えず隠し続けた愛と悲しみが、感情の奔流となって溢れ出したかのようだった。その言葉の一つ一つには、報われなかった努力と、踏みにじられた純粋な心が宿っている。私は確信した。彼女は、本当に優しい方なのだろう、と。誰かのために自分を変えようと努力ができる。自分とは違う思いを持っていても、それを分かり合おうとする柔軟な考えも持っている。誰にでもできることでは、決してない。だがその優しさゆえに、内に溜め込んでしまった思いに耐えられなくなった。そしてそこに追い打ちをかけるように、愛する人に裏切られてしまった。
くっ、……こんなにも純粋で、懸命に生きようとする素敵な人を悲しませるのか……。グラスタオルでグラスを拭いていた私の細い指先に、思わず力がこもる。本能的に敵対する相手へ見せる、喉を唸らし毛を逆立たせる衝動をぐっと堪えた。ふとグラスに映った自分の顔に、普段は隠している鋭い牙の先が僅かに覗いているのが見えた。危ない。こんな顔をお客様には見せてはならない。私は静かに、ゆっくりと深く呼吸をして、高鳴る鼓動を鎮めた。吸い込んだ潮の香りが、熱く波打つ思考をゆっくりとクリアにしていく。
「あなたが出会った男性は、世の中的に見れば、万人のたった一人に過ぎません。それが人によっては運命の相手なのかもしれなければ、人によってはただ通り過ぎるだけのご縁のない方なのかもしれない」
彼女はまだ顔を伏せたままだ。涙が少しばかり収まっても、心の内がまだ整理できていないのだろう。
私は少し考えた。どうすればもっと、彼女自身が答えを見つけられるように導けるかを。例えば彼女が、彼女自身を受け入れるような――。
「例えば、そうですね……あなたなら道で躓いた方がいらっしゃいましたら、どうされますか?」
「大丈夫ですか?って……声をかける。……たぶん」
姿勢は変わらなかったが、彼女は静かに口を開いて答えてくれた。その声には、彼女本来の優しさが確かに滲み出ていた。
「そうですか。あなたは本当にお優しい方ですね」
私は呟くようにそう言った後、針を刺すように彼女に問いかけた。
「あなたのような優しい人が躓いた人を助けるように、あなた自身が躓いた時、誰かの優しさを待つだけでなく、まず自分自身を助ける優しさを持つべきではないでしょうか?」
心臓がピクンと跳ねたように、彼女の胸の辺りが僅かに動いたのを見逃さなかった。
「もしかしたらこの先で躓いたとしても、あなたのような心優しい方が『大丈夫ですか?』と声をかけて、介抱をしてくれる方がいるかもしれません。手当をしてくださる方もいるかもしれない。もしそんな方たちばかりなら、どれだけ素晴らしい世の中なのかと、私も思います。でも残念なことに、現実はそんな方ばかりではございません」
唇は動いたように見えたが、彼女は何も答えなかった。沈黙が、彼女の内なる葛藤を物語っていた。
私は続けた。
「見て見ぬふりをしてしまう方や、知らんぷりをされる方もいるでしょう。中には自分のことでいっぱいいっぱいになってしまい、他のことに目を向けられない方もいる場合もあります。どうしよう、どうしようと考えて、あと一歩が踏み出せない方もいらっしゃるでしょう。それは仕方のないことです。その人にもそれぞれに、いろいろあったのでしょうから」
彼女は頭だけを動かし、小さく頷いてくれた。私の言葉が彼女の心にゆっくりと、しかし確実に届いていることを感じた。
「ですが残念なことに世の中には、人の善意を疑う者もいる。あるいは自らの心の傷ゆえに、他者の痛みに寄り添えない人もいます。そう言った人は大抵、あなたのような方をこう呼ぶかもしれません。偽善者とね」
彼女の体が何かで刺されたかのように大きく震えた。私の言葉が鋭い刃物のように、彼女の心の触れてほしくない部分を抉ったのだろう。その反応は彼女がこれまで経験してきた、見えない刃からの攻撃を物語っていた。
彼女はゆっくりと顔を上げた。震える指先でハンカチを握りしめ、濡れた涙を拭ってから、その目をこちらに向けてくれた。最初に会ったときよりも赤く腫れてしまっていた虚な瞳の奥には、わずかな光が宿っていた。それは前を向く希望の光か、現実を受け入れて鎮火した残火か、まだ定かではなかった。
「もう一度言います。あなたなら道で躓いた方がいらっしゃったら、迷わず手を差し伸べるでしょう。その優しい心こそが、あなたの最も尊いものです。しかし自分自身が傷つき、躓いた時、その優しさを自分自身に向けてあげられていますか? あなたの価値を貶めるような言葉に、耳を傾ける必要はありません。あなたの価値は、あなたがどれほど純粋で、懸命に生きてきたか、そのことそのものにあるのです」
彼女はしばらくの間空を見上げ、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すのを繰り返した。その表情はまだ悲しみを少し湛えてはいるが、どこか肯定するような、穏やかなものへと変わっていく。それは旅立つ自分にとっての、勇気ある断捨離のようだった。波打ち際に置いた大切だったものを詰めたボトルを、波がゆっくりと運び去っていくような、名残惜しい解放感にも似ていた。
私は、彼女の未来をそっと照らすように言葉を紡いだ。
「いつか、あなたのありのままを心から理解し、言葉ではなく、行動と仕草でその愛を表現してくれる人がきっと現れます。不器用であっても、あなたの存在そのものを慈しみ、守ろうとしてくれる人が。あなたがあなたらしくいれば、その人は必ずあなたの前に現れるでしょう」
少しの沈黙の後、彼女は静かに頷いた。その顔は雨雲に差し込む僅かな日差しのように、弱々しくも光を宿していた。
おそらく今の私の言葉だけでは、彼女の悩みや苦しみを取り除くのは難しいでしょう。長く蓄積された悲しみが深く根を張り、そして棘もある。無理に取ろうとしても痛くてたまらない。
花が咲かないのは、根を張る努力をしていないからか、咲く場所にいないからだ。彼女は後者だ。この先の人生において彼女の涙の雨が降らなければ、苦しめていた根はいずれ必ず枯れてなくなり、新たな場所で美しい花が咲くその日を、私は静かに、しかし確信をもって待っている。
私は彼女の手を両手で優しく握り、一歩を踏み出す背中を優しく押すように言った。
「ゆっくりでいいんです、あなたの人生なんですから」
彼女は鼻を啜って小さく頷いた。その目には、まだ拭いきれない涙の跡があったが、そこには確かに、以前とは異なる強さが宿っていた。
「ありがとうございます……少し、前を向けそうです」
唇をわずかに動かし、波の音に消え入るようなその声は、私の耳だけに届いた。それは完全な解決ではない。だが深い絶望の淵から、自力で一歩を踏み出すことを決めた、確かに力強い決意だった。私はその誠意に応えるように、胸に手を置いて会釈をした。
彼女はグラスをカウンターに置き、ゆっくりと立ち上がった。その時だった。東の空がこれまでとは違う、微かな光を帯び始めた。闇に溶け込んでいた水平線に薄紅色がにじみ出し、夜空の深い藍色をゆっくりと洗い流していく。夜の帳が解け、新たな始まりが訪れる兆しが、砂浜に静かに降り注ぎ始めた。
彼女は振り返ることなく、しかし迷いのない足取りで、夜明けの海を背にして歩き去っていく。その背中はまだ少しばかり小さく見えたが、その先には確かに新しい光が待っているように感じられた。
燃えさかる炎のように輝く海に、昇り始めた太陽へ一本の太い赤い線が引かれている。それはまるで悲しみと絶望が終わりを告げ、今日という新たな日、そして未来へと繋がる希望に満ちた道を示しているかのようだった。
朝日から降り注ぐ熱いエネルギーを全身に浴びながら、私は静かに店を畳んでいく。パタン、カチャリ。パタン、カチャリ。慣れた手つきで道具を収納し、使い込まれた革のかばんを背に担ぐ。ふと見渡した砂浜には、夜の海の記憶はまるで夢の中の出来事のように跡形もなくなっていた。
過ぎ去る夜が必ず新たな朝を連れてくるように、出会いも別れも、喜びも悲しみも、移り変わる世界の一部。明日また、どんな感情がこの岸辺に打ち寄せようとも、この海はすべて受け止めるだろう。そしてどんな夜も必ず明けるのだと、先人の背中が語るように、止まらない時間の非情にも似た優しさを教えてくれるに違いない。
先のない尾をゆらりと振って、私はその場を後にした。
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