一息ついて、いかれませんか
御戸代天真
月の雫と、路傍の灯火
私は願う……
命に重さや大きさなんて関係ない。
そう誰もが思える時代というのは、今まで無かった。
それが常識だと誰もが思っていたから。
でもいつか……遠い未来では、その考えが常識外れだと言われる。
そんな時代になるように。
――――――――――――
鬱蒼とした木々と、背丈ほどに伸びた草が茂る道を通り抜け、私は長いこと歩き続けた。足元からじんわりと広がる疲労は、日々の重荷が形になったかのようだった。だが月の光が満ちる小高い丘に出た時、吹き抜ける風に運ばれたかのように、その疲労感はすーっと体の奥から抜けていった。息を呑むほどに美しい琥珀色の綺麗な満月が、夜空に浮かんでいる。その前を薄雲がゆっくりと横切る情景は、描かれた一枚の絵画のようだった。生い茂る草はさわさわと優しい音を奏で、その風情に私はただ見惚れた。
人生に疲弊した日は、こうして得たささやかな癒やしが、明日へと向かう静かな活力をくれるものだ。さて、今日はここまでとしようか。背負っていたかばんをそっと地面に置き、手頃な石に腰を下ろして一息つこうとした、その時だった。
ん……。どこからか、微かな声が聞こえる。辺りを見回しても、人の姿はない。気配すら感じられない。私は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。……確かに、耳に届く音がある。声が震えている……泣いているか。少し離れてはいるがはっきりと聞こえる。その悲鳴にも似た音を聞くと、私の胸は締め付けられるような思いになった。
ためらいは一瞬。迷うことなく、私は急いでかばんを背負い直し、声のする方へと駆け出した。歩いてきた道とは違う方角だった。小高い丘を滑り降りるように走り、足元を覆っていた草木が、やがて冷たいコンクリートへと変わっていく。そこは道の舗装はあまりされておらず、街灯はいくつかあるものの、月の光の方がよほど明るく輝いていた。いくつか家々はあるが、さほど遅い時間でもないのに明かりが灯っていないところを見ると、この一帯にはあまり人が住んでいないのだろう。ひっそりと静まり返ったその場所は、まるで世の中から忘れ去られたかのように寂れていた。
キョロキョロと周囲を探りながら、時には道なき道を進むと、その声の源へと辿り着いた。そこは、もう誰とも遊ぶことができなくなった、小さく寂れた公園だった。
細長い塀に囲まれた場所で、石でできた表札のようなものがあったが、もうかすれて読み取れない。反対側の奥では、錆びついたフェンスがなぎ倒されたままだった。辺りを見渡すと、色あせた遊具と朽ちかけた東屋、そして使い古された木のベンチがあった。そのベンチに一人の女性がうずくまるように座って泣いている。目から溢れる涙を手で払いのけても、次から次へととめどなく溢れてくる。きっと、何か悲しいことがあったのだろう。我慢しようにも抑えきれず、涙となって、そして声となって溢れ出している。周りのことなど、気にする余裕もないくらいに。
私は体を叩いて埃を落とし、深く息を整えた。誰にも聞こえないほどの小さな音で一つ咳払いをして、自分を落ち着かせた。そして私は公園の中に入り、彼女の前まで静かに歩み寄った。
「どうなさいました、お嬢さん」
私の声に彼女がゆっくりと顔を上げた。赤く腫れて疲弊しきった目が、こちらを捉える。
「……猫?」
私はニコッと笑い、包み込むような温かい声で、そっと言葉を届けた。
「よろしければ、一息ついていかれませんか」
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