第8話:『無自覚系』主人公(※猿です)。
「……それでね、ユキさん。僕、本当に困っているんです」
目の前の「勇者」とやらは、さらさらとした金髪をいじりながら、救いようのない言葉を吐き出し続けていた。私の堪忍袋の緒は、もうミシリとも言わない。とっくに焼き切れて、灰になっている。
「もし、彼女たちが僕を襲って、その……子供ができてしまったとしたら。それって僕が責任を取らなくちゃいけないんでしょうか? 僕は望んでいないのに、彼女たちが勝手に僕の寝所に忍び込んでくるんですよ? 僕は被害者なのに、養育費だの結婚だので人生を縛られるのって、不条理だと思いませんか?」
「……ほう。被害者、ですか」
私は努めて平坦な声で返した。だが、握りしめた羽根ペンは、今にも真っ二つに折れそうだ。
「そうですよ。それに堕胎の魔法薬だって、結構な費用がかかるって聞きます。僕の伝説の聖剣のメンテナンス代だってバカにならないのに、彼女たちの不注意で僕の貯金が削られるのは納得がいかないというか……。ユキさんみたいな大人の女性なら分かってくれますよね? 僕、純粋だから、そういうドロドロした大人の事情って本当に苦手で。みんなが僕を共有して、みんなが勝手に幸せでいてくれれば、僕も平和を守ることに専念できるのになぁ」
勇者は、本気で自分が「優しい聖人」であるかのように、爽やかな溜息をついた。
こいつの瞳には、自分以外の人間が映っていない。ヒロインたちは彼にとって、自分を全肯定してくれる「便利な舞台装置」であり、自分を気持ちよくさせるための「無料の肉人形」に過ぎないのだ。
そのくせ、リスクが生じれば「僕は鈍感な被害者」という盾を構えて逃げ回る。
その瞬間。
私の中で、新宿No.1アドバイザーとしての、そして一人の「独身女性」としての誇りが、限界を超えて爆発した。
ガタンッ!!!
「……いい加減にしろよ、この、種無し野郎が!」
「……え?」
私は椅子を蹴って立ち上がり、デスクを力任せに叩いた。勇者が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見上げている。
「ユ、ユキさん? 急にどうしたんですか、怖い顔をして――」
「黙れ。一言も喋るな。あんたの腐った吐瀉物みたいな言葉をこれ以上聞かされたら、私の耳が腐り落ちるわ。いい、勇者様? あんたが言ってるのは『博愛』でも『純粋』でもない。ただの『無責任な搾取』よ!」
私はパーテーションが震えるほどの怒声を浴びせた。周囲の相談員たちが息を呑むのがわかるが、知ったことか。
「『自分からは手を出していない』? 笑わせるんじゃないわよ。拒絶もしない、期待だけ持たせて全員をキープして、美味しいところだけ啜りながら『僕は被害者』? あんたがやってるのは、女たちの執着を利用した、もっとも卑劣な性欲の処理よ! 子供ができたら責任は取りたくない、でも聖剣のメンテ代は大事? 鏡を見てきなさい。そこに写ってるのは勇者じゃなくて、責任から逃げ回るだけの、中身の空っぽな『ガキ』よ!!」
「な……な、なんだよ、急に! 僕はただ、相談に来ただけで――」
「相談? 承認欲求を満たしに来ただけでしょ! あんたみたいな、自分を『特別な存在』だと勘違いして、女の人生をコスト計算でしか見られないクズに、誰かを愛する資格なんて万に一つもないわ! さっさと帰りなさい! あんたの相談に乗る時間は、私の一人飲みの時間より一兆倍も価値がないのよ!」
勇者は顔を真っ赤にし、プルプルと唇を震わせた。
「……っ、お前みたいな可愛げのないババアに相談したのが間違いだった! 僻みかよ! 僕を愛してくれる美少女は山ほどいるんだ。お前みたいな独身の行き遅れ、こっちから願い下げだ!!」
勇者は捨て台詞を吐いて、逃げるようにギルドを飛び出していった。
(……あ、こいつ。最後に『僻み』とか言いやがった。殺してぇ。……まぁいいわ、二度と面を見ることもないでしょうし)
私は荒い息を整えながら、椅子に深く腰掛けた。
驚くほど、心が晴れやかだった。あんなゴミ屑のような猿に比べれば、私に執着してくるあの三人の方が、まだ一億倍は誠実だ。
彼女たちは、自分の欲望に真っ直ぐで、自分を誤魔化さない。私という個体と、一対一で向き合おうとしている。
……たとえ、その方向性が「紫のパーツ」だったり「添い寝騎士」だったり「重愛料理」だったりするとしても、だ。
「……あーあ。結局、女の方がマシってことか」
私は定時になると、昨日までの絶望が嘘のように軽い足取りでギルドを後にした。
家路に着くと、いつもの角に、いつもの三人がいた。
アイスを舐めているミア、刀を磨いているフタバ、そして私の姿を見つけるなり尻尾を振るように駆け寄ってくるリズ。
「あ、ユキ殿。お疲れ様だ。……今日は、何かいいことでもあったか? 表情が昨日より明るいぞ」 フタバが不思議そうに首を傾げる。
「ユキ! 今日こそ余の改良型術式を試す時間を――」
「ユキ様! 私、今日こそは浴室の温度を完璧に保っておきました!」
彼女たちの騒がしい声を聞きながら、私はふっと笑った。
「……まぁ、あんたたちの変態っぷりも、あのアホ勇者よりはマシだと思えるようになったわよ。ほら、行くわよ。フタバ、今日は昨日より冷えたビールをお願い。あと、リズは背中を流すだけ。それ以上は禁止。ミアは……その紫のを消せ。話はそれからよ」
「……え!? 今、余のことを受け入れたのか!?」
「ユキ様! 今、背中を流していいとおっしゃいましたか!?」
「……フッ、心得た。最高の晩餐を用意しよう、ユキ殿」
三人が歓喜の声を上げ、私の後に続く。
私が32年間守り抜いてきた「中古マイホーム」という名の城に、再び騒がしい影たちが吸い込まれていく。
私の自由は、もう存在しない。
でも、こんなに歪んでいて、こんなに純粋な「愛」に囲まれているのも、案外悪くないかもしれない。
「……結婚なんて、コスパの悪いギャンブルだと思ってたけど」
私は、自分の肌を狙う女たちの吐息を感じながら、キンキンに冷えたジョッキを掲げた。
「この賑やかな地獄なら、一生付き合ってあげてもいいわよ。……ただし、一線は越えさせないけどね!」
成婚率No.1の女神の、賑やかで、熱くて、少しだけ不潔な「聖域」の夜は、まだまだ明ける気配を見せなかった。
前世で過労死した、元No.1婚活アドバイザー。異世界でも女剣聖や魔王を一刀両断する。~「自分より強い相手がいい」なんて抜かす厄介客を論破していたら、怪物級の女たちに囲まれて私の独身貴族生活が崩壊した~ 駄駄駄 @dadada_dayo
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