第7話:『無自覚系』勇者(※クズです)。

「……今すぐ私を男性専用窓口へ異動させてください。いえ、これは『現場の多様性』を知るための研修です。プロとして、一度男性の相談者という生き物の生態を徹底的に洗いたいんです」


寝不足で焦点の合わない目を血走らせ、私は出勤するなり上司に詰め寄った。


朝、あの三人娘の包囲網から命からがら抜け出してきた私にとって、女性専用窓口はもはや「戦地」でしかない。あそこにいれば、一日の半分を魔王の性癖相談と騎士の婚姻届のシュレッダーがけで終えてしまう。


幸い、成婚の女神の「研修」という名目はあっさり通り、私は即座にパーテーションで区切られた男性ブースへと放り込まれた。


(よし。男なんて単純よ。スペックを並べて、身の程を教えて、現実的な女をあてがえばいい。魔王の紫の突起よりは、よっぽど御しやすいわ……)


そう自分に言い聞かせた直後だった。


「失礼します。ここが、どんな結婚相談にも応じてくれるという噂の窓口ですか?」


入ってきたのは、歩くたびにキラキラとエフェクトでもかかっているような、非の打ち所がない金髪の青年だった。背中には伝説の聖剣、腰には英雄の勲章。この世界を救ったという、現役バリバリの勇者さまだ。


「はい。担当のユキです。……で、勇者様ともあろうお方が、どのようなご相談で?」


私は事務的な笑みを貼り付けた。


勇者は、いかにも「自分は欲がありません」といった風な、困ったような、それでいてどこか優越感の透けて見える笑みを浮かべて、私の前に座った。


「実は、困っているんです。……僕、自分ではよく分からないんですが、なぜか周りの女の子たちが、みんな僕のことを好きだと言ってくれて。聖女も、エルフの王女も、果ては隣国の女将軍までも……」


「へえー、すごーい。モテモテですね(棒)」


私は頬杖をつきながら、適当な相槌を打った。


前世でもいた。こういう「無自覚を装った自慢話」から入るタイプ。


だが、この勇者のタチが悪いのは、それが演技ではなく、本気で「自分は巻き込まれている被害者だ」と信じ込んでいる節があることだ。


「そうなんです。僕としては、みんな大切な仲間だし、みんなの笑顔を守りたいだけなんですが……。最近は、彼女たちの視線が少し怖いくらいで。この間も、僕が寝ている間に、聖女と王女が部屋に忍び込んで、僕の左右の腕を取り合って既成事実を作られそうになったりして……。はは、まいっちゃいますよね」


勇者は頬を掻きながら、爽やかに笑う。


だが、私は見逃さなかった。


「まいっちゃう」と言いながら、その瞳の奥には、女たちに狂わんばかりに愛されている状況を、甘い蜜を啜るように楽しんでいるオスの本能的な悦びが、どろりと沈んでいるのを。


「わー、それは大変ですねー(棒)。で、具体的に、その中から一人を選びたいとか、そういうご相談ですか?」


「いえ、そういうわけじゃ……。僕は、誰か一人のものになるより、みんなが平等に幸せでいてほしいんです。僕が誰かを選んだら、選ばれなかった子が悲しむじゃないですか。……僕、鈍感だから、女性の繊細な気持ちってよく分からなくて。でも、彼女たちの献身には応えてあげたい。どうすれば、誰も傷つけずに、今の幸せな関係を続けていけるでしょうか?」


勇者はさらに身を乗り出して語り続ける。


「昨日もね、聖女が僕の服を洗濯してくれると言って、なぜか僕の下着を抱きしめて泣いていたんです。困りますよね、あんな風に僕なんかに執着されて。僕はただ、彼女たちが平和な世界で笑ってくれればそれでいいのに……。ああ、そうだ。先日も、ある有名な女騎士の方が僕を熱い眼差しで見つめてきましてね。リズさんと言ったかな。きっと彼女も、僕という存在に惹きつけられているんでしょう。罪なことだ」


(……あ、こいつ、リズが私に執着してるのを知らずに、自分への好意だと変換してやがる)


私は目の前の男の顔面を、デスクの角で叩き伏せたい衝動に駆られた。


「僕、鈍感だから(笑)」という魔法の言葉で、すべての傲慢さを正当化しようとするこの神経。


自分の手は汚さない。責任は取らない。でも、女たちが自分を巡って争う様子は、最高のご馳走として鼻の下を伸ばして眺めている。


勇者は、さらに追い打ちをかけるように「聖女の身体のラインが最近大人びてきて困る」だの「エルフの王女が添い寝を強要してきて辛い」だの、聞いてもいないノロケ……いや、被害報告という名のマウントを延々と続けている。


「…………」


私の堪忍袋の緒が、今にも弾けそうな音を立ててギリギリと鳴っている。


何が勇者だ。何が鈍感だ。


あんな「オスの醜悪さ」を、正義と無自覚の皮で包んだような男の言葉を、一分一秒と聞き続ける苦行。


(ふざけんじゃないわよ、このアホ勇者……ッ! 全員が自分を好きだという前提で、その上で『困ってる僕』を演じて酔いしれてる。あんたのその空っぽな博愛、反吐が出るわよ……!)


私のストレス値は、ギルドの魔力測定器が爆発するほどの極限状態にまで達していた。


私は握りしめたペンの軸がミシリと音を立てるのを聞きながら、目の前の「無自覚な猿」を、殺意すら混じった瞳で見つめ返していた。



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