第6話 出会い 深山純華

「すみれ! 観に来てくれたのね。どうだった?」「よかったでしょう」

 美紀と由香が嬉しそうにやって来た。

「うん、想像を遥かに超えて凄かった。感動したよ」

「そうでしょう」


 すみれがダンサーたちを見回すと、舞台の袖幕そでまく近くに、一際、たくさんの人が集まっている。

 たくさんの人が集まってはいるが、そこに集まっている人たちは知人に話し掛けている様子はなかった。少し遠巻きにダンサーやバレエ教師、バレエ関係者が話をしているのを羨望の眼差しで見つめている。バレエ団バレエ学校のファンの集団という感じだ。

 その集団の目線の先に先程キューピッドを踊った深山純華みやまじゅんかがいる。


「すみれ、深山純華さんよ。踊り見た?」

 美紀がすみれに聞く。

 すみれは頷きながら純華の姿に見惚みとれていた。


 なんて美しく可憐なんだろう。神々しいとさえ思えた。


 少しの間、そこで話をしていたかと思うとその人の集団は、純華が歩き始めると、同じ方へまるで台風が移動する様に、純華について移動してくる。


 すみれの前を通るとき、純華は一瞬すみれと目が合った。


 知り合いではなかったが、目が合ったからだろう、純華は微笑み、そして、すみれに軽く会釈した。

 その瞬間、そこにいた純華を取り巻くファン全員が、すみれに対して、この人は一体誰なの? という目線を向けた。

 そして、なぜか、たくさんの知らない人たちがすみれに会釈して歩いていった。


「純華さん、楽屋がくやに帰るんだよ。すみれと優一君も来なよ」

「え、行っていいの?」

「いいよ」

 美紀と由香がすみれたち二人に微笑む。


 すみれたちが美紀たちについて楽屋まで行くと、純華が青葉あおばや先輩のダンサーたちに挨拶をしていた。


 青葉がすみれたちに気付き美紀と由香に声を掛けてきた。

「あら、美紀さん、由香さん。お客さん?」

「はい、学校の友達で、すみれさんです。それと弟の優一君です」「観に来てくれたんです」

 美紀と由香が青葉に二人を紹介した。

「あら、どこかで見たことがあるような」

 美紀が慌ててすみれのことを詳しく紹介する。

「すみれは体操をやっていて、その世界では有名なんです」

「そう、なにかのテレビで紹介されていたのを見たことがあったのかしら」

 青葉の言葉に隣で話を聞いていた純華も頷く。

「私も、あなたのことを見たことがあった様な気がしました」

「そうなんですか」

 青葉と純華がすみれに微笑んだ。


 純華が優しい口調ですみれに問い掛ける。

「どうでしたか? バレエは」

 すみれは凄い人たちを目の前にして言葉が見つからなかった。

「素晴らし過ぎて……」

「バレエ、気に入ってもらえたということかしら?」

「はい、私にもバレエできますか?」

 青葉と純華が顔を見合わせ、純華がすみれに聞いてきた。

「あなた体操で有名な方なんでしょう、それは体操のトレーニングの一環としてということかしら?」

「いえ、バレエとしてです。私はバレエダンサーになりたいです」

 すみれは迷わずはっきり言った。

 美紀と由香が驚いて顔を見合わせた。青葉も驚いた様子ですみれを見つめた。

 ただ一人、純華だけが、すみれに対し、まっすぐ心を探るような視線を向けた。すみれの瞳から心まで刺す様な純華の視線。

 すみれもそれに応えるように純華を見つめた。


「あなた、クラシックバレエを踊るの……誰でも、いつからでも、その人の気持ち次第でできると思いますよ」


 純華の言葉に、すみれが返すように言う。

「純華さんのキューピッドに感動しました。私は純華さんのように踊りたい」


 純華たちを取り巻いていた人達がざわめいた。


「ちょ、ちょっと、すみれ。あなたバレエの世界のことは何も知らないでしょう。純華さん、すみません」

 美紀が慌てる。

「彼女、今日、初めてバレエを観に来たんです。バレエのことも、純華さんのことも、何も知らないんです。失礼しました」

 由香も慌てる。


「すみれさん、一度バレエの体験レッスンに来るといいわ。それと、美紀さんと由香さんと言ったかしら。私はそんな特別なものではないわ。すみれさん、ごめんなさい。気にせず、一度バレエ学校に体験レッスンに来てください」

「はい」

 すみれが緊張して返事をする。

 純華がすみれに優しく微笑みながら言う。

「体験レッスンに来るときは前以ってバレエ学校に連絡してね。その時は、先生方と一緒に私もあなたを見ます」

「はい」

「楽しみにしてる」

 そう言って純華はその場を去って行った。


「ああ、緊張した」「心臓が止まるかと思った」

 美紀と由香がその場に座りこんだ。そして、すみれを見あげるようにして言った。

「すみれ、純華さんここじゃ、神様だから」

「そうよ。純華さんのように踊りたいなんて気軽に言わないでよ。見たでしょ。今の純華さんファンの人たちの怖い目線。色々な人を敵に回す様なこと言わないで」

「凄いのね。純華さんって」

 すみれが呟く。

「凄いわよ。踊りも凄かったでしょう」

「でも、あなた体操はどうするの?」

「え、なんか変なことになったけど、ここでバレエやらせてもらえるなら、体操はやめるよ」

「え! 早まらない方がいいんじゃない」

「そうよ、あなた将来のオリンピック選手でしょ」

「そんなの一部の人が言ってるだけよ」

「一部の人が言ってるって、青葉先生や純華さんも、あなたの体操のこと知ってたじゃない、あの二人も、その一部の人なの? バレエ界じゃ、一部の人って存在じゃないけど」

「まあ、今度、見てもらうよ」

 すみれが呟くように言う。

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