月色を失ひし 夜の果てに
代河がいなくなってから、否。代河の死を認識してからいくつも季節が巡った。
忙しいはずの日々の中で、俺だけがどこか時間の外側に立っているような感覚が消えない。
練習が終わり、汗が引くまでのあいだ外に出る。癖になってしまったように、ふと空を見上げればそこには、今日も白い月が挂かっていた。 どれほど澄んだ夜だったとしても、その月はあの日と同じ色にはならない。柔らかく照らしていた淡金色でもなく、代河の横顔を浮かび上がらせたあの光でもない。 ただただ、白くて冷たい。温度のない光。
光の外形だけを残して、肝心の熱と色を完全に失った残酷なまでに美しい――。
それを……
「……綺麗だとは、思えない。」
誰に言うでもなく、呟く。綺麗な月を知ってしまった自分には、こんな白い光を、もう月とは呼べない。綺麗だとも思えない。声に出すと、それは途端にひどく他人事のように聞こえて、自分でも笑えてきた。
代河は言った。
“お前ならもっと上のレベル高い楽団も目指せる”と。
まるで予言したかのように、未来を信じ切ったあの声音で。あれは確かに「
そんな言葉が胸の奥に届いたことなんて、一度だってない。虚無感が広がるだけだ。
——照らす光を失った俺に、いったい何が見えるというのか。こんな空っぽな俺の音にどんな華やかさがあるというのか。
あんなにも華がないと、ソロは向かないと言われてきたのに。こんなにも空っぽになった演奏が「華がある」と言われるなんて、なんという皮肉か。
代河と過ごしたあの夜。和歌を交わした、あの満月の下で。あれが自分にとっての「月」になった。あの夜の月だけが、光だった。色があって、温かくて、何より—— 。
でも今見える月は違う。俺が彼の死を認識して、涙を零してしまったから。代河の存在を「過去のもの」にしてしまったから。空に浮かぶ月は白く姿を変えてしまった。 “月が綺麗だ”なんて二度と思う事はない。だからきっと僕は今後誰かを好きになることはないんだろう。その感情ごと、あの夜が抱えて消えてしまったから。
——それでいい。
自分には、あの夜だけで十分だ。代河の存在を、死を、受け入れたあのお盆の満月の日。きっと満月が俺らを引き合わせてくれたのだ。交わることの無かったはずの道を少しだけ交差させてくれた。だって満月には不思議な力が宿ると言うから、きっとそうなんだろう。 ……きっとそう思っていた方が幸せだ。
白い月は今日もただそこに浮かび、何も無い空虚な僕を見下ろしている。代河が去った場所に、自分の心は立ち尽くしたまま取り残されている。あの夜に、そのまま閉じ込められている。だって、あいつが勝手に「別れ」を告げるから。そのくせに「
流れるように移り変わりゆく時の流れにそのまま身を任せれば、いつかまた輝く月を見ることができるのだろうか。そんなの、分からない。分かりたくもないけれど。
冬めいてきた冷たい風が月のようだと言われる淡い金の髪をそっと揺らしたけれど、肝心の月はその色を映さない。映してはくれない。やっぱり月は白いままで、静かにそこに浮かんでいるだけだった。
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