第12話 二頭立ての馬車

腕はもう鉛のように重く、背後の弾薬ラックは空虚な口を開けている。

 

 徹甲弾はあと二発。榴弾を一発。

 それで、俺たちの四号戦車の「牙」は終わりだ。

 

 前方からは、先ほど仕留めた先行量産型の同型機たちが、獲物の血の匂いを嗅ぎつけた狼のように、じりじりと距離を詰めてきている。

 夕闇の草原に、ソ連製ディーゼルエンジンの重苦しい唸りが不気味に響き渡っていた。

「……ベルント曹長。弾が……もう、これだけです」

 俺の声は、火薬の煤で焼け、ひどく掠れていた。

 

 車内に重苦しい絶望が立ち込める。弾のない戦車は、ただの「重くて動く鉄の箱」に過ぎない。

 だがその時、潜望鏡の隅に、地雷で片方の履帯を失い、泥に半身を沈めたティーガーIの姿が映った。

 彼らは動けないまま、それでも残った八十八ミリ砲の残弾で、必死に敵を寄せ付けまいと足掻いている。

「……曹長。あのティーガー、足は死んでますが、砲と弾はまだ残ってますよね?」

『ああ。だが、あいつらはもう動けん。新型に回り込まれたら、旋回が追いつかずに横腹を抜かれて終わりだ。……悲しいが、あいつらはあそこで最期だろう』

「だったら、俺たちが『足』になりましょう」

 一瞬、車内の空気が凍りついたように止まった。

「俺たちの四号戦車で、あのティーガーの尻を押し、あるいはワイヤーで引っ張るんです。……あいつの巨体を無理やり回して、砲身を敵に向けさせる。俺たちはその懐(ふところ)に潜り込んで、あいつの『盾』になればいい!」

『……無茶を言うな! あんな五十七トンの怪物を、二十五トンの四号で動かせるわけが……!』

「できます! コツがあるんです。……デリカだって、スタックした大型車を四駆のローギアでじわじわ引っ張り出すんです。一気に引くんじゃない、泥の抵抗を逃がしながら、タイミングを合わせて……! オットーさんの繊細なクラッチワークなら、絶対に動かせます!」

 平和な日本で、ぬかるみに嵌まった仲間の車を助けるために、何度もワイヤーを繋ぎ、呼吸を合わせたあの感触。

 

 機械の力を、一点に集中させる。

 「軍馬」には軍馬の、泥にまみれた意地がある。

「……いいだろう。このまま弾切れでなぶり殺されるよりはマシだ。……オットー、ティーガーの背後に寄せろ! ステファン、ハッチを開けろ! ワイヤーを繋ぐぞ!!」

 覚悟を決めたベルントの号令。

 

 俺は車内の予備ワイヤーを掴み、装填手ハッチのロックを蹴り飛ばした。

 

 

 キンッ! ガガガガンッ!

 

 

 ハッチを開けた瞬間、外の地獄が車内に流れ込んできた。

 

 引き裂くような機銃弾の音、炸裂する砲弾の衝撃波、そして焼け付くような硝煙の臭い。

 

 俺は恐怖を、アドレナリンで強引に塗りつぶした。

 

 

「……死なせない。……誰も、ここに置いていかない!」

 俺は泥の中に飛び出した。

 膝まで浸かる冷たいロシアの泥濘を掻き分け、五十七トンの怪物の牽引フックを目指して、全力で這い進む。

 

 背後では、俺たちの四号戦車が、悲鳴のようなエンジン音を上げながら、その巨体を支えるために泥を掻き乱していた。

 

 指先が凍える。

 だが、ワイヤーの冷たい鋼鉄を握る手には、確かに「生きる」ための実感が宿っていた。

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