第11話 針の穴を穿つ

――ズガァァァァァァァァァン!!

 

 

 鼓膜が内側から弾け、視界が真っ白な閃光に染まった。

 

 

 T-34/85が放った、初速の速い八十五ミリ砲弾の至近弾。

 それが、俺たちの四号戦車の右フェンダーを根こそぎ粉砕し、予備の履帯を鉄屑に変えて後方へ吹き飛ばした。

 

 車内は、凄まじい鉄の打撃音と衝撃波でかき回された。

 

 シートから転げ落ち、戦闘室の床に叩きつけられる。

 

 鼻の奥には、鉄の錆びた匂いと、口の中で切った血の味が混ざり合った、不快な熱気がこみ上げてきた。

「……ステファン! 生きてるか! 返事をしろ、弾を込めるんだ! 早くしろッ!!」

 車長ベルント曹長の怒号が、ひどく遠い場所で鳴っている鐘のように響いた。

 

 

 意識を必死に繋ぎ止め、揺れる視界を無理やり立て直す。

 

 隣では、砲手ルディが額から一筋の血を流しながらも、吸い付くように照準器にかじりつき、獲物を睨みつけていた。

「……まだだ、まだ……生きてます! やらせるかよ!」

 俺は床から這い上がり、震える手でタングステン芯入り徹甲弾(Pzgr40)の尻を力強く叩いた。

 

 

(……落ち着け。思い出せ。あの化け物の正体を。八十五ミリ砲型T-34……おそらく試験運用中の先行量産型だ)

 

 

 本来なら一九四四年まで戦線に現れないはずだが、ソ連軍がこの攻勢に合わせて強引に間に合わせた「最悪のイレギュラー」。

 

 急造の先行量産型なら、付け根の作りが甘いはずだ。

 大型化した砲塔と車体の接合部――『砲塔リング』。

 四号戦車が誇る長砲身七十五ミリ砲の、精密な一撃なら……!

 

 

「ルディさん! 砲塔の付け根だ! 防盾の真下、リングの隙間を狙ってください! あそこなら、先行型特有の構造的弱点がある!」

『……無茶を言うな! この激しい振動の中で、あんな針の穴みたいな場所……!』

「あんたならできる! この軍馬(四号戦車)の精度なら届く! 俺を信じろ、自分の腕を信じてください!!」

 俺の絶叫に、ルディの分厚い肩が微かに震えた。

 

 彼は深く息を吐き出すと、狂ったように揺れる車体の中で、指先だけで旋回ハンドルを微調整し始めた。

 

 

 地平線の向こう、死神の長い砲身が、冷徹にこちらを向いてくる。

 

 

「……捉えたッ!!」

 ルディが、魂を絞り出すように叫んだ。

 

 

 ――ドォォォォォォォォォォォォン!!

 

 

 我が四号戦車の主砲が、魂を削るような咆哮を上げた。

 

 

 光の尾を引いて草原を一閃した弾丸は、死神の喉元。

 

 砲塔と車体のわずかな隙間に、吸い込まれるように着弾した。

 

 

 ガキィィィィィィィィィィン!!

 

 

 火花が夜の花火のように激しく散り、T-34/85の巨大な砲塔が、不自然な角度でピタリと動きを止めた。

 

 貫通はしていない。

 だが、凄まじいエネルギーが先行型特有の未完成なリングを歪ませ、旋回機構を物理的に焼き付かせたのだ。

「次だ、ステファン! 榴弾(Spgr)だ! あの隙間に、とどめを流し込むぞ!!」

「了解(ヤーヴォール)!!」

 俺は空になった熱い薬莢を足で蹴り飛ばし、予備ラックから榴弾をひったくった。

 

 

 かつてデリカミニを愛でていた、あの穏やかな手は。

 

 今、五人の命を繋ぐために、鉄の塊を閉鎖機の中へ叩き込む。

 ガシュッ!!

 

 

「装填……完了(ラーデン)ッ!!」

 

 

 二度目の爆鳴。

 

 

 直後、T-34/85の砲塔の付け根から、真っ赤な業火が噴き出した。

 

 内部で何かが連鎖的に誘爆し、怪物のハッチから、黒煙が天を衝くように立ち上る。

 

 

 ……沈黙。

 

 

 つい先ほどまで死を撒き散らしていた死神は、今はただの、醜く燃える鉄の屍と化していた。

 

 

「……は、はは……。……勝った。勝ったぞ……あんな先行型に……」

 オットーが力なく笑い、レバーを握る手を緩めた。

 

 俺は熱を持っている閉鎖機にそっと額を押し当て、荒い呼吸を繰り返した。

 

 

(……生き延びた。……俺たちの、この古い『軍馬』で……)

 

 

 だが、安堵に浸る俺たちの耳に、ベルントの冷徹な声が追い打ちをかけた。

 

「……まだだ。……地平線を見ろ。……先行型(あいつら)、一両じゃないぞ」

 

 

 俺が震える手でスリットを覗き込むと、燃え上がる死神の影の向こう側。

 

 

 ……さらに数両。いや、数十両。

 

 

 「先行量産」という言葉が虚しくなるほどの数が、夕闇の草原を埋め尽くし、冷たい砲口をこちらへ向けながら迫ってきていた。

 

 

 歴史という名の地図は、俺の知っている結末をなぞることを、明確に拒絶していた。

 

 

「……ステファン。次の弾を。……地獄は、ここからが本番だ」

 

 

 ルディの鋭い言葉に、俺は再び、重い砲弾の感触をその手に刻み込んだ。

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