第3話 七十五ミリの鋼鉄(くろがね)

走行中の四号戦車の中は、まさに「暴力の集合体」だった。

 

 装填手シートに座る俺の目の前には、主砲『7.5cm KwK 40 L/43』の閉鎖機(ブリーチブロック)が、逃げ場のない壁のように鎮座している。

 

 スペック表ではたった一行で済まされるその主砲も、実物は数トンの鋼鉄が凝縮された、巨大な重器そのものだ。

(……デカい。デカすぎる。こんなものが、俺の鼻先にあるのか)

 デリカミニのCVTが精密機械の極致なら、この閉鎖機は「質量の暴力」だ。

 

 荒れた路面を走るたび、巨大な砲尾が上下に揺れ、鈍い金属音を立てて俺の膝を掠めていく。

 一歩間違えれば、この重量に押し潰されて膝から下は粉砕されるだろう。

「ステファン! 揺れで頭をぶつけるなよ。……まずは動作確認だ。閉鎖機を開けてみろ!」

 ルディの声に、俺は油の染みた手で重厚な閉鎖レバーを握り、全身の体重をかけて引いた。

 

 ガコンッ!

 

 腹の底を直接殴られたような、硬質な金属音。

 

 水平閉鎖機が右側にスライドし、砲身の奥――『薬室』が、真っ暗な口をぽっかりと開ける。

 ハッチから差し込む光に照らされ、そこから覗くライフリング(腔線)が、冷徹な美しさを湛えていた。

 

(……ここから、あの砲弾を撃ち出すのか。時速二千キロ以上の速度で、敵を殺すために)

 俺は足元のラックから、模擬弾(練習用の砲弾)を引っ張り出した。

 一発約九キロ。

 デリカのタイヤ交換で持つホイール付きのタイヤよりもずっと重く、しかも重心が先端に寄っている。

 

 狭い車内、激しい振動。

 もしこれを足の上に落としたら、それだけで俺の戦争は「不名誉除隊」で終わるだろう。

「装填(ラーデン)!」

 気合を入れ、砲身の後端に向けて砲弾を力任せに叩き込む。

 

 ガシュッ、という吸い込まれるような吸気音。

 

 直後、自動的に閉鎖機が凄まじい速度で左へスライドし、薬室を密閉した。

 カチッ、という冷徹な完了音。

「ひっ……!」

 俺は慌てて右手を引いた。

 一瞬、本当にコンマ数秒、引き抜くのが遅れていたら。

 俺の右指四本は、今頃この冷たい鋼鉄の隙間で、挽肉(ミンチ)になって床に転がっていたはずだ。

「いいか、ステファン。撃った後は、この砲尾全体が猛烈な勢いで『後退(リコイル)』してくる。そこに腕を置いてみろ、一瞬で肩から先が消し飛ぶぞ。この赤い線から内側には、死んでも立ち入るな」

 ルディが指差した先――戦闘室の床には、剥げかけた赤いペンキが引かれていた。

 それが、生と死を分ける境界線だ。

「……はい、肝に銘じます」

 俺は生唾を飲み込んだ。

 充満する重油と火薬の臭い。仲間の汗、そして熱せられた鋼鉄が放つ独特の金属臭。

 

 四号戦車は、軍馬なんて風雅なものじゃない。

 巨大なエンジンと、巨大な大砲を、無理やり鉄の箱に詰め込んだ、剥き出しの狂気だ。

 

 俺は、震える手でもう一度、冷たい閉鎖機の感触を確かめた。

 

 スペックを知っているからこそ、この「鉄の化け物」が持つ本当の恐ろしさが、肌を通じて伝わってくるようだった。

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