第3話 竜の牧場

 何日も飲まず食わずで馬に引かれ、エマは憔悴し切っていたが、今朝ようやくユリウスの言っていた〝牧場〟とやらに辿り着いたようだ。


 森が開け、整備された道が現れ、馬車のがたつきが少なくなって行く。


 エマは目だけぎょろぎょろと動かして見慣れぬ景色を眺めた。


 竜の姿は見当たらない。確かに牧草を食べる竜など、あまり聞いたことがない。そこでは羊や馬などのよくいる草食動物が、ゆったりと草を食んでいた。


(竜になった私って、肉食なのかな?草食なのかな?)


 エマは自分でもよく分からなかった。


 反対側に目を向けると、遠くに美しいお屋敷が見える。


(あ、いいなー。私、あっちの綺麗な家で暮らしたいよ)


 兵士を引き連れ、向かった先は──


「よし、ここで降ろせ」


 ユリウスの号令で、エマの縄が解かれた。エマは憔悴し切って動けない。


 網ごと地面に引きずり降ろされ、収まった場所は──


 おり


 鉄製の檻である。ベッド代わりに麦藁が敷いてある。動物園の猛獣なんかと同じ扱いということだ。足首は格子と鎖でつながれる。エマはほろりと片目から涙を流した。


 ユリウスが隊列に言った。


「ご苦労であった。帰りは竜に乗って帰るといい」


 エマが「ヘ?」と思っていると、ユリウスが首からぶら下げた小さな笛を吹いた。


 音階はふたつ。単純なメロディだ。


 すると遠くから、竜の大群がやって来たではないか。


(わわわわわ!すごいすごい!)


 緑や青、赤い竜もいる。


 そしてその背中には、鱗の甲冑を付けた男たちの姿があった。


 エマはハッとする。


(あの人たちも、竜騎士……)


 彼らは砂煙を立てて一斉に牧場へ降り立つと、兵士たちを乗せて再び空へ舞い戻って行った。


 残されたのはたくさんの馬と、竜のエマとユリウスだけだ。


 ユリウスは馬を荷馬車から外す。自由になった馬は、めいめい牧草を食べに散って行った。


 彼は鉄格子を挟んでエマと対峙する。


 エマはユリウス以上の背丈がある。なので、自然とユリウスを見下ろす形となった。


 彼女は思う。


(わあ……近くで見ると、とってもきれいな男の人)


 じっと見つめ合っていると、すっとユリウスの指先がエマの鼻先に伸びて来た。


 なだめるように撫でまわすと、ユリウスはぽつりと尋ねた。


「……体調はどうだ?」


 エマは何か言おうとしたが、猫のように喉をぐるぐるさせることしか出来なかった。


(んんんん。声が出ない。ユリウスと話してみたいのにー!)


 どうやら声帯まで竜になってしまったようだ。


(私、本当にこのまま竜になっちゃうのかな?)


 心はまだ人間のようだ。しかし、時間が経ったら心まで竜になってしまうかもしれない。


(それじゃあまるで李徴子……李徴子ではないかあああっ)


 ユリウスはエマの物言いたげな瞳をじっと見つめると、「ふむ」と腕組みをした。


「革にするにはもったいないな……お前はとても賢そうだ」


 エマはそれを聞くと嬉しくなり、目を輝かせて頷いて見せた。ユリウスはぎょっとしている。


「えっ!?まさか、人間の言っている言葉が分かるのか……?」


 エマがチャンスとばかりにうんうん頷いて見せると、彼は眉間にしわを寄せて呟いた。


「まずい……ここまで躾が行き届いているということは……もしかしたら、他の国で大切に育てていた竜を捕獲してしまったかもしれない」


 エマは慌てて首を横にぶんぶんと振った。ユリウスの眉間の皺は更に深まった。


「しかし、パッと見たところ、識別番号もなかったしな……?」


 エマはがっくりと項垂れた。


 さすがに、心まで人間であるとは思われていないようだ。


 しょぼくれているエマを見ると、ユリウスは思わず笑い出した。


「あはは、ごめんごめん。そんなに落ち込むなよ……かわいいやつ」


 エマはうつむきながらも、その言葉を聞き逃さなかった。


(あら……かわいい?今、かわいいっておっしゃいました……?)


 異性にそんなことを言われたのは初めてだ。エマがちょっと気を取り直して顔を上げると、ユリウスはその瞳を覗き込むようにして言った。


「俺はユリウス。この竜牧場ファームの経営者だ。竜の医師及び研究者、竜を躾ける訓練士でもある。竜騎士として戦場に出ることもある。竜に関する何でも屋だと思ってくれ」


自己紹介してもらったはいいが、エマには頷くことしかできない。


(そうなのね!?私も看護師、医療職のはしくれですっ。戦場には出たことないけど……)


「まずはお前にどのエサを与えるかを決める。それから、検査を行おう」


 検査?とエマは首をひねった。


(どんな検査かしら。そういえば私って、どんな竜なんだろう?)


 先程空を飛んで来た竜は見目麗しい男たちを乗せ、ちょっとだけ輝いて見えた。


(火を吐く竜?氷のブレスを吐く竜?きっとそういう竜なら彼らに選ばれて、ああいう風に竜騎士様を乗せ空を飛べるんだわ)


 あの事件をきっかけに不思議な世界に迷い込んでしまったが、すぐに殺されて革にされるよりは、空を飛ぶ生活の方が生きている実感が湧きそうだ。


(せっかく癒しの力があるようだから、誰かの役に立ちたいな。ユリウスみたいな素敵な人を背中に乗せて、色んな人を助けるの)


「ちょっと待ってろよ」


 妄想逞しい竜にユリウスはそう言い置くと、手近な馬に乗って遠くにある屋敷へと戻って行った。

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