第6話 学食で「割り箸」を使っただけなのに、二刀流の剣聖だと勘違いされました

「アニキ! 道を開けろオラァ! アニキのお通りだぞ!!」


昼休み。

学園の食堂に向かう廊下で、剛田の野太い怒声が響き渡った。

彼は俺の前を歩き、生徒の波をかき分けていく。


「ちょ、剛田くん。そんなに威嚇しなくていいから」


「何をおっしゃいますか! アニキのような高貴なお方が、一般人と肩をぶつけるなんてあってはなりません!」


剛田は鼻息荒く振り返った。

さっきの「お手」事件以来、彼は完全に俺の下僕(舎弟)と化していた。

身長190センチの強面が、俺の一挙手一投足に目を輝かせている。


「そうよ拓海くん。剛田の言う通りだわ。拓海くんの体は世界の宝なんだから」


右腕にピタリと張り付いているのは、陽菜だ。

彼女は当然のように俺と腕を組み、柔らかい胸を押し付けてくる。

さっきの騒動の興奮が冷めやらないのか、瞳はずっとトロンとしたままだ。


食堂に入ると、そこは異様な光景だった。


並んでいる料理は、ハンバーグやパスタなど、ごく普通の見た目でおいしそうだ。

問題は、食べている生徒たちだ。


「ガツガツ! ムシャムシャ!」


彼らはスプーンやフォークを握りしめ、必死の形相で食べているのだが……汚い。

口の周りはソースまみれ、テーブルの上はこぼした食材だらけ。

パスタをフォークで巻こうとして弾き飛ばし、スープをスプーンですくおうとして半分以上こぼしている。


この世界では「食事」は格闘技に近いらしい。

「こぼさずに食べる」ことができるのは、王侯貴族や高位の聖職者など、ほんの一握りの「すごい人」だけだと言われている。


「あ、平沢くん! 待ってたわよー!」


奥のテーブルから、松田先生が手を振っていた。

俺たちが近づくと、先生は茶封筒と鍵の束をドンとテーブルに置いた。


「はい、これ」


「え、なんですか?」


「今月の契約金と、特待生寮の最上級スイートの鍵よ」


先生は当たり前のように言った。


「契約金……?」


「そうよ。平沢くんみたいな『顔面国宝』兼『賢者』には、この学園に在籍してもらうだけで価値があるの。だから、これは正当な報酬。住む場所も学費も、全部タダに決まってるじゃない」


「マジですか」


なんてチョロい世界だ。

俺はありがたく封筒と鍵を受け取った。これで野宿は免れたし、生活費の心配もなくなった。


「さ、お昼にしましょ。今日のメニューは『日替わり定食』よ」


俺たちは席に着いた。

剛田と陽菜は、慣れた手つきでスプーンを「グー」で握りしめた。


「いただきまーす!」


剛田がチャーハンをすくおうとして、ボロボロとテーブルに米を撒き散らす。陽菜もハンバーグをフォークで刺そうとして、肉汁を制服に飛ばしている。

これが「普通」の光景なのだ。


俺はため息をつき、テーブルの隅に置かれた筒に目を向けた。

そこには、埃を被った「割り箸」が大量に刺さっていた。


この世界にも箸はある。

だが、二本の棒で物を挟むという行為は「難易度SSS級」とされ、一般人は誰も使わない。

いわば「飾り」として置かれているだけの代物だ。


俺は何気なく割り箸を一本抜き取った。


「ア、アニキ……? まさか、その『双竜の杖(ハシ)』を使う気ですか……?」


剛田が食べる手を止め、震える声で尋ねた。


「ああ。俺はこっちの方が食べやすいからな」


俺は割り箸を横に構え、上下に力を入れた。


パキッ。


乾いた音が響き、一本の木が、綺麗に二本に分かれた。

ただそれだけのこと。

だが、その瞬間。


「ッ!!?」


剛田が椅子から転げ落ちた。


「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁっ!!?」


食堂中の視線が俺に突き刺さる。


「う、嘘だろ!? あの扱いづらい木の棒を、一瞬で二つに分けたぞ!?」

「しかも見て! 切断面が完璧な左右対称(シンメトリー)よ!?」

「手刀か!? 今、目にも止まらぬ速さで『居合』を放ったのか!?」


「い、いや、元々割れるように作られてるから……」


俺の弁明は、興奮した生徒たちの声にかき消された。


「すげぇ……! 力を均等に伝えないと、あんなに綺麗には割れねぇはずだ!」

「これが国宝級の握力……! 神の指先……!」


陽菜がうっとりとした顔で、割れた箸を見つめている。


「すごい……。一本だったものを、二つに分かつ……。まるで世界の理(ことわり)を書き換えるような所作……。ねぇ拓海くん、私その箸になりたい……」


「陽菜ちゃん、意味がわからないよ」


俺は騒ぎを無視して、食事を始めることにした。

箸でチャーハンの米粒と、滑りやすいグリーンピースをまとめて挟む。

そして、一粒も落とすことなく口へ運んだ。


「「「ヒィッ!!」」」


再び悲鳴が上がった。


「お、落とさない……だと……!?」

「嘘でしょ!? あの球体の豆を、突き刺さずに挟んで持ち上げた!」

「魔法!? 重力操作魔法で吸い付かせているの!?」


剛田が震える声で実況を始める。


「み、見えねぇ……! 箸の動きが速すぎて、残像しか見えねぇ! しかも、テーブルが一切汚れてねぇぞ!」


「なんてこと……。食事を終えた皿が、まるで洗ったかのように綺麗だわ!」

「これが『絶対捕食圏』……! 狙った獲物は一粒たりとも逃さないのか!」


周りの男子生徒たちが「うおおおおっ!」と立ち上がり、女子生徒たちは「素敵……! そのテクニックで私を食べて……!」と黄色い悲鳴を上げる。


ただ飯を食ってるだけなのに。


「ふふ、やっぱり平沢くんは規格外ね……」


松田先生も、口元にソースをつけたままで、熱っぽい視線を送ってくる。


「その『二本の棒』の使い方……今度、先生にも詳しく教えてくれる? 寮の部屋で、マンツーマンの補習授業が必要ね」


「先生、まずは口を拭きましょう」


俺はため息をつきながら、最後の一粒まで綺麗に平らげた。

完食。

テーブルの上には、食べこぼし一つない。


「ごちそうさまでした」


俺が両手を合わせて箸を置くと、食堂内にはスタンディングオベーションが巻き起こった。


「ブラボー!!」

「なんて美しい食事作法(テーブルマナー)だ!」

「食事という行為を、芸術にまで昇華させたぞ!」


剛田が感動のあまり号泣しながら、俺の足元にすがりついた。


「アニキ! 一生ついていきます! 俺にもその『二刀流(ハシ)』、いつか伝授してください!」


「……ああ、気が向いたらな」


俺は冷めた水を飲みながら、遠い目をした。

名前を書き、走り、犬を撫で、箸を使う。

ただ「普通」に生きているだけで、俺はこの世界の常識を次々と破壊してしまうらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月19日 17:10

日本でモブだった俺、レベルの低すぎる異世界では「顔面国宝」兼「全知の賢者」らしい ひふみ白 @tack310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画