第5話 「お手」をさせただけなのに、学園最強の番長が土下座してきました
「よしよし、お前は可愛いなぁ」
俺はプードルの顎の下をワシャワシャと撫でた。
柔らかい毛並み。温かい体温。
プードルは「くぅ〜ん」と甘えた声を出し、俺の手のひらに頬を擦り寄せてくる。
実家で飼っていた犬を思い出す。完全にリラックスモードだ。
だが、周囲の反応は違った。
「なっ……!?」
剛田が目玉を飛び出させて、後ずさった。
周りの生徒たちも、悲鳴を上げるどころか、あまりの衝撃に声を失っている。
「嘘だろ……あの『ケルベロス』が……腹を見せている……?」
「触れているのに、腕が腐り落ちていないわ! むしろ魔獣が喜悦の表情を浮かべている!」
「まさか、接触した瞬間に呪いを解呪(ディスペル)したのか……!?」
(……大袈裟だな。ただ撫でてるだけだって)
俺は苦笑しながら、ふと思いついた。
これくらい懐いているなら、芸の一つもできるんじゃないか?
俺はプードルの前に指を立てて、短く命じた。
「お座り」
その瞬間、プードルはピシッと背筋を伸ばし、その場にちょこんと座った。
「お手」
俺が手のひらを差し出すと、プードルは小さな前足をチョコンと乗せた。
「よし、いい子だ」
俺が再び頭を撫でると、プードルは尻尾をちぎれんばかりに振って喜びを表現した。
ごく普通の、犬とのふれあい。
しかし、その光景は、一人の男の価値観を根底から破壊するには十分すぎた。
「バカな……」
剛田は膝から崩れ落ちた。
剛田剛(ごうだ たけし)。
俺は今まで、自分がこの世で最強だと思っていた。
生まれつき恵まれた巨体。睨んだだけで大人は道を譲り、隣町の暴走族をたった一人で壊滅させたこともある。
喧嘩で負けたことなど一度もない。俺の拳は鉄をも砕き、俺の咆哮は雷をも掻き消すと信じていた。
だが、どうだ。
俺があれほど苦労して、何重もの鎖で封印し、防護服を着なければ近づけなかったあの『破壊の化身(ケルベロス)』を。
この男は、素手で、しかも笑顔で支配した。
『お座り』。
たった一言。詠唱も魔法陣もない。
それだけで、あの凶暴な魔獣の精神を完全に掌握し、服従させたのだ。
(格が……違いすぎる……!)
剛田の全身が震えた。恐怖ではない。
もっと熱い、魂が焦げるような感情だ。
俺が今まで誇っていた「強さ」なんて、この男の前では児戯に等しい。
本物の「強者」とは、暴力を振るう者ではない。
圧倒的なオーラだけで、対象をひれ伏させる者のことだ。
気付けば、剛田の目から涙が溢れていた。
悔し涙ではない。
神ごとき存在に出会えた、感動の涙だった。
俺がプードルと戯れていると、背後でドサッという重い音がした。
振り返ると、あの巨体の剛田が、地面に額を擦り付けていた。
見事なまでの土下座だ。
「……え、剛田くん?」
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」
剛田の絶叫が校舎裏に響き渡った。
「俺は……俺は調子に乗っていました! 自分が最強だと自惚れていました! ですが、アンタを見て目が覚めました!」
剛田は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、俺を崇拝の眼差しで見つめた。
「魔獣を笑顔一つで手懐ける、その器のデカさ! 圧倒的な統率力! まさに王の風格!」
「いや、ただの犬だし、お手しただけだぞ?」
「ご謙遜を! その余裕がまたカッコいいんです! 俺のようなゴミ虫相手に本気を出さず、『愛』を見せつけて勝つなんて……!」
剛田はズリズリと膝行して俺に近づき、大声で宣言した。
「アニキ! いや、総長! 俺を……俺をアンタの舎弟にしてください!!」
「はぁ!?」
「俺、アンタみたいな男になりたいんです! この剛田、今日から命を懸けてアニキの盾になります! 靴でも何でも舐めさせてください!」
「いや舐めなくていいから! 近い! 顔が怖いって!」
俺が後ずさると、剛田は子犬(プードル)のような目でついてくる。
厄介なことになった。
ブサイクな巨漢に懐かれても、正直一つも嬉しくない。
だが、周りの反応は違った。
「う、嘘でしょ……? あの『不敗の悪魔』剛田が、自分から頭を下げた……!?」
「拓海様……! 不良さえも改心させるなんて、なんて慈悲深いのお方なの……!」
遠巻きに見ていた女子たちが、感極まって泣き出している。
そして、その中から陽菜が飛び出してきた。
「ちょっと剛田! 拓海くんの近くに寄らないでよ!」
陽菜は俺と剛田の間に割って入ると、嫉妬の炎を燃え上がらせた。
「拓海くんのペットになるのは、私なんだから!」
「……は?」
陽菜は俺が抱いているプードルを睨みつけ、そして頬を赤らめて俺を見た。
「ねぇ拓海くん。その犬みたいに……私にも『お手』して? 『お座り』って命令して? 言うこと聞いたら、よしよしって撫でてくれる……?」
「私も! 私も拓海様に飼われたい!」
「首輪なら持ってます! 今すぐ着けます!」
女子たちが一斉に手を挙げて立候補し始めた。
足元には俺をアニキと慕う巨漢。
腕の中には人懐っこい犬。
そして目の前には、ペットになりたがる美少女の大群。
カオスだ。
なんなんだ、この世界は。
俺は天を仰いだ。
とりあえず、この場を収めるために、俺ができることは一つしかなかった。
「……みんな、一旦『お座り』」
その一言で、その場にいた全員(教師含む)が、地面に正座したのは言うまでもない。
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