第4話 最凶の魔獣(チワワ)との決闘、開始

陽菜のマンションを後にした頃には、すっかり日が暮れていた。


「はぁ……疲れた」


俺は重い足取りで夜道を歩いていた。

結局、陽菜の鎖骨に『陽菜』という文字を書いてあげた後、興奮した彼女から逃げるようにして出てきたのだ。

あのままいたら、間違いなく既成事実を作られていた。危ないところだった。


ふと、重大な事実に気づく。


「……あれ? 俺、帰る家なくない?」


異世界転移あるあるだ。衣食住の「住」がない。

陽菜は「ずっとウチに住んでいいよ♡」と言っていたが、それは理性のダムが決壊することを意味する。


困り果てていると、スマホ(なぜか圏外だが電源は入る)が震えた。

知らない番号からの着信。恐る恐る出てみる。


『あ、もしもし? 平沢くん? 私よ、松田先生』


「先生? なんで俺の番号を?」


『生徒の個人情報はバッチリよ。それよりあなた、住む場所ないでしょ?』


さすが先生。話が早い。

俺は指定された場所――学園の敷地内にある「特待生専用寮」へと向かった。


目の前に現れたのは、白亜の豪邸だった。

まるで貴族の屋敷だ。


『平沢くんは「顔面国宝」で「賢者」で「神速」だから、一番いい部屋を用意しておいたわ』


先生に案内されたのは、最上階のスイートルーム。

ふかふかのキングサイズベッドに、ジャグジー付きの風呂。

どうやらこの世界、俺への待遇が天井知らずらしい。


「ここで暮らすのか……。まあ、野宿よりはいいか」


俺はその夜、久しぶりに泥のように眠った。

明日から始まる学園生活が、さらに波乱に満ちたものになるとも知らずに。



翌朝。

登校した俺を待っていたのは、黄色い歓声ではなく、ドス黒い殺気だった。


「おい、テメェが平沢か?」


校門をくぐった瞬間、ガラの悪い集団に囲まれた。

中心にいるのは、身長190センチはある巨漢。

顔は……うん、期待を裏切らない。

潰れたカボチャのような輪郭に、豚のような鼻。この世界における「強者(ブサイク)」の典型だ。


「俺は**剛田(ごうだ)**。この学園を仕切ってる『番長』だ」


剛田は俺を威圧するように見下ろし、鼻息を荒げた。


「テメェ、昨日陽菜ちゃんと一緒に帰ったらしいな? しかも、彼女の部屋に上がり込んだって噂だぞ」


「ああ、勉強を教えてただけだけど」


「ふざけんな! 陽菜ちゃんは俺の未来の嫁だ! 新入りのヒョロガリが手を出していい女じゃねぇんだよ!」


剛田が拳をボキボキと鳴らす。

取り巻きの男子たちも、「やっちまってください剛田さん!」「その顔面国宝をボコボコにしてやりましょう!」と野次を飛ばす。


「平沢。男なら決闘で白黒つけようぜ」


剛田はニヤリと笑い、校舎の裏手を指差した。


「ルールは簡単だ。『魔獣手懐(てなず)け』対決だ」


魔獣?

聞き慣れない単語に、俺は眉をひそめた。


「俺のアジトには、凶暴すぎて誰も手がつけられない『地獄の魔獣』がいる。そいつを先に手懐けた方が勝ちだ。負けた方は、陽菜ちゃんから手を引く。どうだ?」


周りの生徒たちが「ヒッ!」と息を飲む。


「地獄の魔獣だって……!?」

「聞いたことがあるわ。目が合っただけで魂を食われるって……」

「剛田さんですら、鎖で繋ぐのが精一杯だとか……」


どうやら相当ヤバい生き物らしい。

ドラゴンか? それともキマイラか?

もしそんなのと戦わされたら、さすがに命がない。


だが、ここで逃げたら陽菜に迷惑がかかるかもしれない。

俺は覚悟を決めた。


「……分かった。受けよう」


「へっ、威勢だけはいいな。後悔して泣き叫ぶなよ!」


場所は変わって、校舎裏の飼育小屋前。

全校生徒が固唾を飲んで見守る中、剛田が厳重にロックされた檻(おり)の前に立った。


「まずは俺がお手本を見せてやる。出てこい! 破壊の化身、ケルベロス!」


剛田が仰々しく檻の扉を開け放つ。


ゴゴゴゴゴ……という地響きのような音は、しなかった。

代わりに聞こえたのは、可愛らしい鈴の音だった。


チリン、チリン。


暗闇から姿を現したのは、体長20センチほどの毛玉。

くりくりとした大きな瞳。ふわふわの茶色い毛並み。

しっぽを振って、トテトテと歩いてくる生き物。


どう見ても、**ティーカッププードル**だった。


「…………は?」


俺の思考が停止する。


「グルルルゥ……!」


プードル(ケルベロス)が、精一杯の威嚇をして「キャン!」と鳴いた。


「ひぃぃぃぃっ!! 吠えた! 殺されるぅぅぅ!!」

「なんて殺気だ! 目が合っただけで失神しそうだわ!」

「逃げろ! 噛みつかれたら肉を持っていかれるぞ!!」


周りの生徒たちがパニックになって逃げ惑う。

剛田も冷や汗ダラダラで、分厚い革手袋をして震えている。


「ど、どうだ平沢……! この圧倒的なプレッシャー……! お前ごときに、この魔獣の頭を撫でることができるか!?」


俺はプードルを見下ろし、そして剛田を見た。

本気か?

こいつら、本気でこの愛くるしい毛玉を恐れているのか?


(……なるほど)


顔面、知能、身体能力。

そしてどうやら、この世界の人類は「動物への耐性」も著しく低いらしい。


俺はため息をつき、無防備にプードルへと歩み寄った。


「おいバカ! 死ぬ気か!?」

「やめろ平沢くん! 腕を食いちぎられるわよ!?」


悲鳴が飛び交う中、俺はプードルの前にしゃがみ込んだ。

プードルが「キャンキャン!」と足元にじゃれついてくる。

俺はそのふわふわの頭に手を伸ばし――。


「よしよし、お前は可愛いなぁ」


ワシャワシャと撫で回した。


その瞬間。

剛田の顎が、地面につくほど外れた。

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