第6話
王都は、想像以上に騒がしく、そして無防備だった。
「ほほう、あれが噂の王城か」
馬車の窓から顔を出し、俺は感嘆の声を漏らした。
視界を埋め尽くす白い石造りの街並み。その中心にそびえ立つ、天を突くような尖塔を持つ王城。空を見上げれば、正規軍の「飛竜騎士(ワイバーンライダー)」が編隊を組んでパトロールしている。
辺境の雪景色とは大違いだ。活気があり、色彩に溢れ、豊かさそのものを体現している。
だが、俺のSE(システムエンジニア)としての、あるいは戦闘者としての視点は、別の評価を下していた。
(城壁の高さは十分だが、魔法障壁の術式が古い。北門の衛兵配置に死角がある。飛竜の旋回ルートも単調だ。……本気を出せば、俺一人で十分で更地にできるな)
職業病とは恐ろしいものだ。
初めて見る観光名所を、無意識のうちに「攻略対象」として分析してしまっている。
いかんいかん、俺は破壊工作員じゃなくて、ただの留学生だ。
「アルス、窓から顔を出すな。田舎者だと思われるだろう」
向かいに座る長男のガインが不機嫌そうに言った。
次男のドランは、まだ王都の雰囲気に飲まれて青い顔をしている。
彼らはこれから始まる「騎士アカデミー」の入学試験に緊張しているのだ。
「悪いね兄さん。つい興奮しちゃって」
俺は素直に謝り、窓を閉めた。
さあ、いよいよ始まる。俺の「死に場所」探し……もとい、知識強奪の旅が。
***
王立騎士アカデミー。
国内の有力貴族の子息が集い、将来の将軍や騎士団長を育成する最高学府だ。
入学試験会場となった講堂には、数百人の受験生がひしめいていた。
「これより、筆記試験を開始する!」
試験官の合図とともに、紙とペンが配られる。
内容は「戦術論」と「魔法理論」。
俺は問題を一読し、思わずため息をついた。
(……レベルが低い)
問1:ゴブリンの群れ(50体)に遭遇した際の、小隊(10名)の適切な陣形を述べよ。
正解は「円形陣で防御しつつ、魔法使いの詠唱時間を稼ぐ」なのだろう。教科書通りの答えだ。
だが、実戦なら最適解は違う。
俺はペンを走らせた。
『回答:地形を利用し、敵を狭い通路へ誘導して各個撃破する。あるいは、風上で毒草を燃やして煙で無力化する。正面からの防御戦は最終手段であり、推奨されない』
問2:火の魔法『ファイアボール』の構成術式における、魔力消費の効率化について述べよ。
これもひどい。提示されている術式図には、無駄な回路(ループ)が三つもある。これじゃエネルギーの半分が熱としてロスするだけだ。
俺は図の横に、赤ペン先生のように修正案を書き加えた。
『回答:第三工程の詠唱は不要。イメージの固定化を先行させれば、魔力消費は40%削減可能。さらに酸素供給の術式を組み込めば、威力は1.5倍になる』
スラスラとペンが進む。
前世の物理学と、この世界の魔法法則を組み合わせれば、こんな問題は児戯に等しい。
俺は誰よりも早く答案を書き上げ、ペンを置いた。
***
続いて、午後の実技試験。
これが本番だ。
中庭に設置されたのは、巨大なクリスタルの柱。魔力測定器だ。
受験生が手を触れると、その魔力量に応じてクリスタルが輝く仕組みらしい。
「次、公爵家のレオナルド様!」
金髪の少年が自信満々に手を触れる。
ブォン!
クリスタルが眩い黄金色に輝いた。
「おおっ! 魔力値8000! いきなり歴代トップクラスだ!」
「さすがは公爵家のご令息……!」
会場がどよめく。
なるほど、光れば光るほど偉いわけか。わかりやすい。
「次、ヴォルガ家三男、アルス!」
俺の名前が呼ばれた。
周囲からクスクスという笑い声が聞こえる。
「おい見ろよ、あの白いの。噂の『生贄』だろ?」
「ヴォルガ家の恥さらしだってな。よく試験に来れたもんだ」
「どうせ魔力なんて残ってないさ。呪いに食いつくされてるんだから」
陰口は丸聞こえだ。
俺は無表情でクリスタルの前に立った。
さて、どうするか。
俺の体内の魔力量は、さっきの金髪君の8000なんてレベルじゃない。桁が三つくらい違う。
本気で流せば、このクリスタルどころか、アカデミーの校舎ごと吹き飛ぶだろう。
目立つのは嫌だ。退学になるのも困る。
ここは極限まで出力を絞って、「そこそこの凡人」を演じるのが正解だ。
俺はそっと手を触れた。
体内の魔力炉心から、ほんの一滴。針の穴を通すような繊細さで、魔力を流し込む。
出力、0.001%。
……シーン。
クリスタルは沈黙したままだ。
あれ? 絞りすぎたか?
「……反応なし」
試験官が無慈悲に告げた。
「魔力値、測定不能(ゼロ)。……ふん、やはりな。呪いで魔力が枯渇しているのか」
試験官は呆れたように俺を見た。
会場が爆笑に包まれる。
「ギャハハ! 見ろよ、光りもしねえ!」
「魔力ゼロで騎士になろうなんて、夢見すぎだろ!」
「帰れ帰れ、生贄野郎!」
罵声の嵐。
ガインとドランが、顔を真っ赤にして他人の振りをしているのが見える。
俺は手を引っ込め、肩をすくめた。
(……やれやれ。節穴どもめ)
彼らは気づいていない。
クリスタルの中心部に、微細なヒビが入っていることを。
俺の魔力は「量」が多いだけじゃない。「質(密度)」が高すぎるのだ。
わずか一滴流しただけで、測定器の許容量(キャパシティ)を超えてショートしてしまったらしい。
反応しなかったんじゃない。反応する前に壊れたんだ。
まあいい。
「魔力ゼロの無能」という評価は、隠れ蓑としては悪くない。
俺は嘲笑を背に受けながら、悠々と列に戻ろうとした。
その時だった。
「……待ちなさい」
凛とした声が響いた。
廊下の陰から、一人の少女が現れた。
銀色の髪に、透き通るような紫の瞳。身に纏っているのはアカデミーの制服だが、その胸には王家の紋章が刺繍されている。
周りの貴族たちが一斉に息を呑み、道を空ける。
「あ、あれは……シルヴィア王女殿下!?」
「なぜこのような場所に……」
王女?
そんな大物が俺になんの用だ。
少女――シルヴィアは、俺の目の前まで歩み寄ると、じっと俺の顔を見つめた。
その瞳は、俺の皮膚の下にある「何か」を見透かそうとしているようだった。
「……貴方」
彼女は小さな声で、俺だけに聞こえるように囁いた。
「その体の中で、何が渦巻いているの?」
「……は?」
「測定器は壊れていたわね。……いいえ、貴方が壊したのね」
ドキリとした。
バレた? いや、まさか。俺の隠蔽(ステルス)は完璧なはずだ。
だが、彼女の目は確信に満ちていた。
直感か。あるいは、彼女もまた「特別な目」を持っているのか。
「面白いわ。魔力ゼロの生贄……ふふ、とんだ化け物が紛れ込んだものね」
シルヴィアは妖艶に微笑むと、踵(きびす)を返して去っていった。
残された俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
王都は無防備だと言ったが、訂正しよう。
ここには、俺の天敵になりそうな奴がいる。
前途多難な学園生活の幕開けだった。
次の更新予定
聖刻(カリス)と鉄騎の世界に転生して~辺境の“生贄”貴族に生まれた戦略級の怪物。死ぬ気で鍛えたら強くなりすぎたので、戦場の敵をすべて蹂躙する~ kuni @trainweek005050
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