第4話

 ヒュオオオオオッ……!


 戦場に風切り音が響くたび、魔獣の命が一つ、また一つと消えていく。

 崖の上に立つ俺は、足元の手頃な石ころを拾っては投げ、拾っては投げを繰り返していた。


 動作は至ってシンプルだ。

 野球のピッチャーのように振りかぶる必要すらない。

 魔力で強化した指先で石を弾くだけ。デコピンの要領だ。


 だが、その威力は洒落になっていない。


 ドパンッ! グシャァッ!


 俺の指先から放たれた石礫(つぶて)は、音速を超えてアイスウルフの眉間に突き刺さり、運動エネルギーを爆発させて頭蓋を粉砕する。

 魔法? 違う。

 これは純粋な物理エネルギーだ。

 『暴食の聖刻』が生み出す過剰な魔力を、筋繊維のバネに変換して撃ち出す。ただそれだけのことが、この世界では戦略級の破壊力を生む。


「……ッ、次!」


 俺は無感情に次弾を装填(ピックアップ)する。

 狙いは正確無比。前世で培った空間認識能力と、魔力感知による補正があれば、動く的を外すほうが難しい。


 三百いた群れの前衛は、すでに壊滅状態にあった。

 雪原に赤い花が次々と咲き乱れる。

 それは一方的な虐殺であり、掃除(クリーニング)に近かった。


 ***


 その光景を、下の人間たちは呆然と見上げていた。


「な、なんだ……あれは……」


 ヴォルガ卿――俺の父親が、血に濡れた剣を下げたまま、ポカンと口を開けている。

 百戦錬磨の騎士団長も、魔法使い部隊も、誰も動けない。

 彼らの理解を超えた現象が起きているからだ。


 魔法使いが杖を振るって炎を飛ばすならわかる。

 弓兵が矢を射るのもわかる。

 だが、あそこにいる「何か」は、ただ石を投げているだけだ。それなのに、着弾のたびに小型爆弾のような衝撃音が響き、魔獣が肉片に変わっていく。


「あ、あぁ……」


 死の淵から生還した次男のドランは、へたり込んだまま股間を濡らしていた。

 恐怖と安堵、そして目の前の異常な光景に対する畏怖。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、崖の上の人影を見上げている。


「助かった、のか……? 誰だか知らないが、あの小柄な影が、俺を……?」


 その言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 なぜなら、戦況が動いたからだ。


 ***


「ウォォォォォンッ!!」


 仲間を次々と屠られ、パニック状態に陥っていたウルフの群れが、ついに攻撃の発生源――つまり俺を認識した。

 標的変更。

 騎士団への攻撃を止め、怒り狂った残りの魔獣たちが一斉に崖を駆け上がってくる。


 その数、およそ百五十。

 雪崩が逆流するように、白い毛皮の津波が俺へと殺到する。


「お、おい! 危ないぞ!」


 下から親父の叫び声が聞こえた。

 俺はフン、と鼻を鳴らす。

 危ない? 誰が?


「こいつらが俺にか?」


 俺は投石をやめ、ポケットに手を突っ込んだまま立ち尽くす。

 先頭のウルフが飛びかかってきた。

 鋭い爪と牙。速度は時速80キロを超えているだろう。


 だが。


「遅い」


 俺には止まって見える。

 鼻先まで迫った牙を、首を数センチ傾けるだけで回避。

 通り過ぎざま、魔力を込めた左足で、ウルフの横っ腹を軽く「撫でて」やる。


 ドォォォンッ!!


 蹴り飛ばされたウルフはくの字に折れ曲がり、砲弾となって後続の群れへ突っ込んだ。

 一匹、二匹、三匹……。

 巻き込まれた十匹以上が、ボウリングのピンのように宙を舞い、崖下へと転がり落ちていく。


「グルッ!?」


 後続のウルフたちが急ブレーキをかける。

 本能が警鐘を鳴らしているのだ。目の前の「獲物」は、自分たちよりも遥かに上位の捕食者だと。


「どうした、来ないのか?」


 俺はフードの奥で小さく笑い、手招きをした。


「来ないなら、こっちから行くぞ」


 俺は一歩踏み出した。

 それだけで、群れがビクリと後退る。

 次の瞬間、俺の姿は掻き消えた。


 高速移動。

 筋力を限界まで強化した瞬発力による、視覚外への強襲。


 群れのド真ん中に出現した俺は、ダンスでも踊るかのように回転しながら、拳と蹴りを叩き込んだ。


 パンッ、パンッ、ドパァンッ!


 触れれば砕ける。

 掠(かす)れば吹き飛ぶ。

 ウルフたちの牙は空を切り、爪は俺のローブにかすることすらできない。

 脆い。脆すぎる。

 俺が毎晩耐えている、内側から食い破られる激痛に比べれば、こいつらの攻撃なんて春風みたいなものだ。


 数分も経たなかっただろう。

 崖の上には、俺以外に立っている者はいなくなった。


「キャウン……ッ!」

「クゥゥン……」


 生き残ったわずかな個体が、尻尾を巻いて山脈の向こうへ逃げ去っていく。

 追撃する意味もない。これだけ恐怖を刻み込んでやれば、二度とこの領地には近づかないだろう。


 俺は乱れたローブを直し、深く息を吐いた。


「……終了(おわり)だな」


 俺は崖の縁に立ち、下を見下ろした。

 騎士団は全員無事だ。怪我人はいるが、死者はゼロ。

 上出来すぎる戦果だ。


 視線を感じる。

 親父たちが、信じられないものを見る目で俺を見上げている。

 感謝? 恐怖? おそらくその両方だ。


「ま、待ってくれ!」


 親父が馬を降り、崖下まで走ってきた。


「貴公は……貴公は一体何者だ! その技、その力……名を! せめて名を教えてくれ!」


 必死の形相だった。

 俺は少し迷ったが、無言を貫くことにした。

 ここで正体を明かせば、「生贄」としての平穏な(?)生活は終わる。いろいろと面倒なことになるのは目に見えている。

 俺はあくまで、自分が生き残るために家を守っただけだ。


 俺は親父の問いには答えず、フードを深々とかぶり直した。

 そして、身体強化の魔力を脚に集中させる。


 ドンッ。


 雪煙だけを残し、俺はその場から高速で離脱した。

 背後で親父の「あっ!」という無念そうな声が聞こえたが、振り返らなかった。


 ***


 屋敷への帰還は簡単だった。

 混乱に乗じて裏口から侵入し、誰にも見られずに自室へと滑り込む。

 ボロボロになったローブとブーツを脱ぎ捨て、クローゼットの奥に隠す。代わりに普段の寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。


 心臓がまだ早鐘を打っている。

 恐怖ではない。高揚感だ。

 初めての実戦。初めての「蹂躙」。

 俺の力は通用した。いや、通用しすぎた。


「……ふぁ」


 急激に眠気が襲ってきた。魔力を使いすぎた反動だ。

 しばらくして、廊下が騒がしくなった。

 騎士団が帰還したのだ。


「おい聞いたか!? 謎の救世主が現れたって!」

「ああ! 石つぶて一つで魔獣の群れを壊滅させたとか……」

「背丈は子供くらいだったらしいぞ。精霊の類か?」


 使用人たちの興奮した声が聞こえてくる。

 やれやれ、大騒ぎだな。

 俺は枕に顔を埋め、他人事のように聞き流した。


「ま、バレてないならいいか……」


 泥のような眠りに落ちる寸前、俺はそう安堵していた。


 だが、俺は甘かったかもしれない。


 ***


 翌日。

 現場検証を行っていた騎士団の魔法使い部隊長――初老の男、ガランドが、崖の上で腕を組んでいた。


「……妙だな」


 ガランドは雪の上に残された、微かな魔力の残滓(ざんし)を杖で探っていた。

 魔獣の死骸から漂う魔力とは違う。

 もっと異質で、高密度で、どこか禍々しい魔力の痕跡。


「この魔力の波長……どこかで感じたことがある」


 ガランドは記憶の糸を手繰り寄せる。

 昨日の救世主。子供のような背丈。圧倒的な身体能力。そして、この歪な魔力。


「まさか……いや、ありえん」


 ガランドの脳裏に、ある少年の顔が浮かんだ。

 ヴォルガ家の三男。

 『暴食』の呪いを持ち、部屋に引きこもっているはずの、死にぞこないの「生贄」。


「アルス様……?」


 ガランドは首を振り、その考えを打ち消した。

 だが、一度抱いた疑念は、古傷のように疼き続けていた。


 怪物の正体に、最初の疑いの目が向けられた瞬間だった。

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