魔王の手
サトウ・レン
勇者の眠る村へ。
魔王が勇者に倒されてから、結構な月日が経つ。
多くのひとは魔王が倒される前、漠然とこんなことを思っていた。
『魔王の死とともに魔物もすべて消えて、平和な世の中が待っている』
残念ながら、魔王が死んでも別に魔物が消えることはなかった。そこらじゅうで暴れ回っている。結局はあれだ。王が死んでも兵士が死ぬわけではないのと一緒だ。それどころか人間なら、働き口を失って賊と化す可能性もあるので、そう考えると魔物たちは、魔王という統率者を失って、より凶暴になっているのかもしれない。
私は魔王亡き後の世界を旅している。
元々は兵士だった。とある国のちいさな城で、気高き王を守る盾として働いていた時間は、私にとって誇りだった。しかし王は病魔に犯されて、帰らぬひととなってしまった。どんなに信じたくなくても、その事実を今さら変えることはできない。そして悪評高い王子が後を継いだ。私はこの王子にあまり好かれていなかったこともあり、誇りだった日々は終わりを告げ、私は埃のように払われてしまった。心残りがなかったと言えば嘘になるが、仕方のないことだ。
旅人として過ごしていくのも悪くない、と自分自身に言い聞かせている。
私がいた城の城下町で勇者は生まれ育ったので、勇者の銅像を建設する計画が持ち上がっている、と風の便りに聞いていた。勇者がふたたび故郷の地に帰ってきていたとしたら、私の未来もまた違っていたのだろうか。……いや、変なことを考えるのはやめよう。
辺りが暗くなってきた頃、私は目的地だった村にたどり着いた。ここには勇者の眠る墓がある。魔王を倒して帰路につく勇者が最後に立ち寄り、そして命を落とした場所だ。勇者の死を悼むために訪れる者もいまだ多く、何もなかった辺鄙な村は偶然の勇者の死によって、観光名所としてちょっとした賑わいを見せている。私のような旅人の姿が散見される。
「ようこそ、勇者の眠る村へ。我が村はいつでも旅人を歓迎しています」
村長は私に会うなり、そう言った。何百回も言っているのだろう、その言い慣れた感じが鼻につく。身なりはとても良い。寒村の村長で、こんなにも裕福な外見をした人物に私は一度も会ったことがない。
「この家に、勇者が魔王を討伐した証がある、と聞いてきました」
「ははは、あなたもそうですか。いやぁ、嬉しいですねぇ。我が家の家宝になっています」
村長の両隣には屈強な男がふたり座っている。護衛だろう。護衛のつく寒村の村長も一度も見たことがない。私もそれなりに戦いの場を駆け抜けてきた自負はあるが、それでもこのふたりを相手に闘えば、ただではすまないはずだ。
私の目が護衛に向いたことに気付いたのだろう、村長がちいさく笑った。
「我が家の家宝を狙ってくる輩がたまにいまして、雇ったんです。この家には他にも何人か雇っているので、変なことを考えないほうがいいですよ」
「そんなこと考えてないですよ」
いまのところは、と心の中で言い添える。
「なら、いいのですが。では家宝は奥の間にあります。ぜひ一緒に見に行きましょう」
もちろんそれがどういう物かはすでに知っている。知っていても、初めて実物が見れるとなると、やはり緊張感がある。私は村長と護衛の後ろを従うように歩く。
村長が『奥の間』と呼んだ場所は殺風景だった。他には何も置かれていない部屋に、細長い箱がひとつだけ置かれている。
村長が箱を開ける。
出てきたのは、干からびた腕だった。
「これが勇者が魔王を倒した証ですか……?」
私は思わず息をのむ。魔王を倒した際の証明として、勇者は魔王の片腕を斬り落とし、それをこの村の村長が保管している。その噂はずっと前から耳にしていた。腕は斬り落とされた瞬間から干からびてしまった、という逸話がある。色々な町や村でこの話は聞いたので、世界的に有名な逸話になってしまった、と言っていいだろう。『魔王』の手のひらが私のほうを向く。まるで何かを伝えたがっているかのように。
「はい、『魔王の手』と私たちは呼んでいます」
「ある程度、噂では知っていますが、あなたがそれを勇者から譲り受けた経緯を聞いてもいいですか」
死んだ後の勇者の荷物から勝手に奪ったんじゃないですか、と挑発してみたい誘惑に駆られたが、それは得策ではないだろう。
「もちろん、いいですよ」村長は快諾してくれた。「……しかし、なんでそんな些末なことを気にされるのでしょう」
「実は私、勇者と同郷の人間でして、英雄となった彼のことを物語にしてみたい、と思ったんです。誰かが語り継がなければならない、と思いまして」
村長は意外なほど簡単に信じてくれた。
「ふむふむ。確かに勇者様について語るうえで、この村の存在は外せないですもんね。きちんとこの村の名前も語り継いでくださいよ。……あれは何年前のことだったでしょうか。勇者様が村を訪ねてきたのです。勇者様は魔王を死闘の末に打ち破り、故郷へと帰る途中とのことでした」
「仲間は一緒ではなかったのですか」
「もう別れた後だったそうです」
「傷だらけの勇者ひとりを残して別れた、というのですか」私は驚いた振りをする。「それはさすがに冷たすぎるのではないでしょうか」
「……これは勇者様を見た私の憶測も混じってはいるのですが、魔王との闘いで勇者様は心を病み、仲間たちのことも信じられず、自ら遠ざけたのではないか、と思っています。私の家に来て、すこしの間、宿に泊めて欲しい、と。……とはいえ、うちの村に旅人を泊める宿などありませんでしたが」
「来る途中、立派な宿屋がありましたが」
「あれは最近、わざわざ建てたのです。宿泊をしたいと希望するひとがあまりにも多くて、村人の家に泊まらせてあげる、というのも難しくなってきましたから。……まぁこんな話はどうでもいいことです。勇者様は心身ともに疲れ果てているような感じでした。もちろん魔王を倒して間もない時なのですから、当然と言えば当然なのですが。とりあえず、ここ」そう言って、村長は足もとを指差した。「この奥の間で、寝泊まりをしてもらうことにしました。勇者様の裸を見たこともありますが、魔王から受けた痛々しい傷がいたるところにあって、常人ならその傷ひとつで死んでもおかしくないのに、と思うほどでした」
死んでも、のところを村長が強調する。
「想像するだけで怖くなりますね」
「えぇ、そうでしょう。『魔王の手』のことは勇者様が村に来てすぐの頃から知っていました。勇者様はお酒に酔うたび、自慢げにこれを見せびらかしてきましたから」
「そんなことを勇者がするでしょうか」
村長の眼光が鋭くなった。
「いや、正直ここだけの話なのですが、あの時の勇者様の荒れようは酷くて、酒に溺れて、村人に暴力を振るって、わがまま放題と言いますか。ちょっとくらい復讐したって罰は当たらないほどでした」
「ちょっとくらい復讐?」
「あぁ、すみませんすみません」謝罪する気もない、すみません、を二回繰り返す。「言葉の綾です。とりあえずそのくらい酷かったんです。結局、勇者様は死んだ晩も大量の酒を飲んでいました。いえ、あれは死ぬと決めていたから、酒に溺れたのかもしれません」
「勇者は自ら命を……」
「事故なのか自死なのかは、正直なところ分かりません。ただまぁ、あの死に方は事故とは思えないですね」あの死に方、と思わせぶりに言いながら、具体的にどういう死に方なのかは教えてくれなかった。「その死の直前、勇者様が私に話に来たのです。酔って顔を真っ赤にした勇者様が、『これは俺には必要のないものだから、あなたにあげるよ。泊めてくれた、お礼だ』と『魔王の手』を私に差し出してきて。そして、あれが我が家の家宝となったのです」
話し終えた村長はひとつ大きく息を吐いて、『魔王の手』を見た。一瞬、その指先が動いたような気がした。
宿屋に戻ってからも、私はずっと村長の話を思い返していた。おおむね真実を語っているのだとは思うが、そのいたるところに嘘を混ぜている、という印象だ。嘘の上手いタイプであることは間違いないだろう。
私は明確な目的を持って、この村を訪れた。もちろん観光的な気持ちで来たわけではない。
『私はあんな嘘が蔓延っていることが許せない。真実を暴いてくれませんか』
旅先の酒場で出会った女性が、私にそう言った。彼女は勇者と一緒に魔王討伐の旅をしていた、という女性だ。優れた魔法使いとして、本来なら周囲の羨望を集めてもおかしくはない女性ではあるのだが、出自の問題もあり、勇者一行のひとりとは公表していないし、いまは身を隠すようにして生きている。勇者の仲間たちは彼女も含めて、腕は立つが、いわくつきの人物が多かった。酒場で出会ったのは偶然だった。意気投合する中で、彼女が話してくれたのは、驚くべき事実だった。
もちろん本当にこの魔法使いの女性が勇者一行のひとりだった、という保証はない。しかし私もそれなりに死線をくぐってきた人間だ。見れば、ある程度、相手の実力は分かる。彼女は魔王討伐のメンバーだとしてもおかしくない実力者だ、と私は判断した。
『勇者は魔王の腕なんて斬り落としていない。だって魔王の肉体は死とともに、蒸発するようにすべて消えてしまったんだから』
この村の嘘を暴きたい。『魔王の手』なんて存在しない。あれは村長たちが観光客を呼び寄せるために作った、紛い物に決まっている。
それは自分の生きるべき道を見失っていた私の新たな目的のようにも思えた。しかし屈強な護衛がいる中を強引に突っ込むのは危険だ。
とりあえず今日は眠って、明日、改めて考えよう。ベッドに横になる。
声が聞こえる。
これは夢だろうか。
声が聞こえる。
やっぱり夢だろう。
『俺を見つけてくれ……俺を見つけてくれ……』
映像はない。真っ暗な空間だ。現実感のない真っ暗な世界がどこまでも続いている。きっと夢なのだろう。その真っ暗な空間の中に、突然、浮かび上がってきたのが、『魔王の手』だった。『魔王の手』はまだ生きているかのように指先を動かし、私を手招きしている。明らかに、私を誘っている。そして『魔王の手』が動き出した。ふよふよと人魂のように動く『魔王の手』の後ろを追って、私も歩いている。私が歩いているのに、私の意志で動いているような感じがしない。やはり夢だからだろうか。
どこを目指しているのかも分からない。
どれだけ歩いたのかも分からない。
ばっと世界が鮮やかになり、気付くと私は見覚えのある場所にいた。村長の家の奥の間だ。部屋の様子は先ほどと同じだ。たったひとつ以外は。
私の目の前には、死体がある。仰向けになり動かなくなった村長は、触って確認しなくても死んでいると分かった。村長の首に『魔王の手』が絡みついている。この手のひらが、村長の首を絞めたのだろうか。一瞬、『魔王の呪い』という言葉が脳裡をよぎる。しかしそんなはずはない。だってこれは魔王の腕ではないのだから。
目の前の死体。そこにいるのは自分だけ。誰かに見られれば、真っ先に怪しまれるのは私だ。いや『魔王の呪い』にしてしまっても構わないのだが、信じ込ませるのも中々大変だ。
とりあえず私は家の中を歩き回ることにした。護衛がいまどうしているのか、という不安もあったが、その不安はすぐに消え去ってしまった。護衛たちの死体もすぐに見つかったからだ。全員、首を絞められて、物言わぬ骸となっている。
やっぱり、あの手が……。
奥の間に戻ると、村長の首を絞めていたはずの『魔王の手』は場所を変え、部屋の端の床に寝そべっていた。拾い上げると、『魔王の手』の指先が動きはじめ、人差し指は真下を指差していた。まるでそこに注目しろ、と言わんばかりに。
床に切れ目を見つけた。
床板は簡単に外すことができた。
地下へと向かう階段がある。好奇心には勝てない。私は階段を下りることにした。こつり、こつり、と石で造られた階段を下りる際の靴音が、うるさいくらいに鳴り響く。
そこは地下牢だった。鉄格子の中に、ひとりぶんの白骨死体がある。
「勇者、なのですか」
と私は思わずその死体に向かって声を掛けていた。死体に聞こえるはずもないのに。
『見つけてくれて……ありがとう……』
骨となった死体が答えたわけではない。気付くと、私の隣に『魔王の手』があった。いや、その呼び方は正確ではない。片腕を失った白骨死体を見ながら、「あなたは『勇者の手』だったのですね」と私は『勇者の手』に声を掛ける。
『まさか魔王を倒した後に、人間から拷問を受けて殺されるなんて思わなかったよ』
本当にその手がしゃべっているのか、私の幻聴なのかは分からないが、私はそれが勇者の声だ、と信じたくなった。
「村長の話はどこまで本当だったんですか。私と村長の話は聞いてましたよね」
なぜか確信があった。
『おおむね合っているよ。魔王を倒した後、俺たちは疲弊しきっていた。肉体よりも、特に精神が。お互いの顔を見るのが嫌なくらいに。いや、もっと前から、俺たちは憎しみ合っていたのかもしれない。苛酷な旅の中で、とっくに。俺はあいつらと別れ、ひとりで行動することを選び、この村にたどり着いた。死ぬつもりだったんだ。村のひとたちにはひどいこともした。それは本当に申し訳ない、と思っているんだ。死にたいのに死ねない。相反した感情に耐えられなかったのかもしれない。捌け口が欲しかったんだ……いや、これはただの言い訳だな』
そして村長の金儲けのために、勇者は地下に閉じ込められ、拷問を受け、腕を斬り落とされることになった。わざわざ拷問までしたのは、村長に復讐心があったからだろう。
「しかし、あなたほどの実力者を牢屋に閉じ込めるのも簡単なことではないはず」
『そこに壺があるだろ、その中には遅効性の毒薬が入っている。微量の毒を、料理や酒に何日も入れ続けられたら、どんな人間だって、な』
毒。
その言葉に嫌な記憶がよみがえる。私がかつて仕えた、我が国の先王は息子である現王によって毒殺されたのではないか、と私は疑っていた。王の衰弱していく様子があまりにも異様だったから。私はこっそりと証拠がないか調べていた。それが現王にばれてしまったこともあり、兵士を辞めることになった。様々な、ありもしない理由を付けられて。
「あんたは、馬鹿だ。魔王を倒したなら、さっさと戻ってくればいいじゃないか」
思わず声を張り上げてしまった。口調が昔のものに戻ってしまったことに、私自身が驚いていた。
『まさか、お前とまた会えるなんて思わなかったよ』
勇者の声に親しげな色が帯びる。
幼馴染だった私たちは子どもの頃、いつも一緒だった。城や城下町の連中も、旅の中で出会ったひとたちも、みんな『勇者』のことを褒めそやした。あいつはすごい奴だ。あんな英雄に憧れる。死んで伝説になった、などとのたまう奴もいた。
だけど私はそんなこと、どうでも良かった。
私は叫んだ。
「必ず帰ってくる、って約束すら守れない奴の何が英雄だ。勇者だ」
私は『勇者』という肩書きを剥ぎ取った、たったひとりの男の名を口にする。
返ってくる声は、なかった。
魔王の手 サトウ・レン @ryose
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