夕闇のコンビニバイト②

「い、いらっしゃいませー! こんばんはー!」


 

 とある平日の20時。

 静かなコンビニの店内に、私の空元気な声が虚しく響いた。

 ここは『ドリームマート 水鏡点』。

 学校と家のちょうど中間地点にある、ごく普通のコンビニ。


『シフト急募!  時給千五百円。 ※体力に自信のある方、鈍感な方優遇』


 そんな怪しい募集文句に釣られたのは、他でもない私、小日向陽こひなたひまりだ。


 御門みかど先輩の助言通りにバイトの求人を探し始めた私は、運よくここの求人を見つけ早速応募、無事に受かることができた。


 パチンコ屋さんよりも高い時給で、初出勤の日は何をされるのか、やらされてしまうのか不安で体が震えてしまったが、なんてことはない。ただのコンビニバイトだ。一週間も経てばレジ打ちも接客も慣れる。



「いやー、ほんと助かるよ。こんな時給を上げてるのに、なかなかバイト決まらなくてさ。しかも決まったら決まったらで一週間ももたずに飛んじゃうし」



 初日、目の下に酷いクマをくっつけて今にもぶっ倒れてしまいそうな店長が、エナジードリンク片手にそんなことを言っていたのが唯一の気がかりだけれど。今のところ、問題なくやれている……と思う。



「時給千五百円は大きいよねー。これなら可愛い手芸キットも買えるし、好きなお菓子も作れちゃう」


 

 私はレジカウンターの中で、陳列された唐揚げの数を数えながら呟く。

 けれど、



「……どうして私のシフト、他の人と被らないんだろう……」



 最初の三日間は、店長や先輩がつきっきりで教えてくれていたが、四日目から何故か一人でシフトに入れられていた。十八時から二十一時の間だけだから、やることは接客と品出しだけでいいと言われているとはいえ。

 


「うぅ……バイト先で友達を作るために来たのに……」

「あの、レジいいですか?」

「あ、はい! お弁当温めますか! 袋入れますか!?」

「え、あ、大丈夫です……」



 仕事帰りのOLさんが訝しげに私を見ている。私は、もしかしたら独り言を聞かれたかもしれないという羞恥心で顔を赤らめながら、急いで作業をこなす。



「ありがとうございましたー!」



 OLのお客様を見送って、完全に一人となった店内で深くため息を吐く。

 ……バイト先でも一人だなんて。

 


「寂しいなー」



 深夜帯の先輩が来るまであと一時間。その人が来れば、私の仕事は終わりだ。

 それまで暇だ。

 揚げ物はそんなに多く揚げる必要はないし、掃除だって一時間前に終わらせてある。品出しも定期的に行っているけれど、お客様が来なければ商品が減ることもない。


 忙しいのは嫌だけど、暇すぎるのも嫌だ。

 せめて、誰か話し相手がいればいいのに。


 そう思っていた矢先だった。

 ピンポーン、と入店を知らせるチャイムが軽快に鳴り響いた。

 自動ドアがウィーンと開き、冷たい夜風が吹き込んでくる。



「いらっしゃいま……せ?」



 私は反射的に声を上げて、首を傾げた。

 誰もいない。

 自動ドアが開いた先には、街灯の少ない暗い道路が伸びているだけだった。

 車も一台も停まっていない。



「誤作動かな?」



 店長が言っていた。建物が古いから自動ドアのセンサーの調子が悪く、勝手に開いたりしまったりするらしい。他にも、スピーカーから女と男の喧嘩する声が聞こえてきたり、防犯カメラが砂嵐になったりするらしい。


 私は気にせずぼけーっと突っ立って、あともう少しでゴールデンウィークだなーとか考えていると……ふと、強烈な臭気が鼻を掠めた。



「……ん? なんか、臭い」



 揚げ物の油の匂いじゃない。生ゴミを放置したような腐敗臭と、理科の実験の時に嗅いだことのある薬品の匂いが混ざったような、吐き気を催す悪臭。


 私は匂いの出どころを探ろうと首を動かした。そのタイミングで、店内の蛍光灯がチカチカと不規則に点滅を始める。

 


(あれ……なんか、とてつもなく嫌な予感が……)



 冷蔵ケースの低い唸りが、やけに大きく聞こえる。

 いつの間にか、空調が切れているようだった。

 快適だった店内の空気が、徐々に汚れていくのを感じる。



「な、なんだろう……この感覚、前にも味わった気がする」



 高校生活が始まってすぐの放課後。

 旧校舎で遭遇した、あのトイレの怪異。

 個室に閉じ込められた時に味わった不快な感覚が、何故か今、よみがえってきた。



「気のせい、気のせい気のせい……っ」



 そう、気のせいだ。そんなことがあるはずない。

 一旦、落ち着いて空調のスイッチを見に行こう。

 うん、そうしよう。

 一人で頷きながらバックヤードに向かおうとしたその時、再びピンポーンと入店音が鳴った。


 私は、恐るおそる振り返った。

 自動ドアが開いている。冷たい夜風が頬を撫でる。

 今度は、誰もいないわけじゃなかった。

 サラリーマン風の男性が、よれよれのスーツを着て入店してきた。



「い、いらっしゃいませー!」


 

 安堵しつつ、私は不安をかき消すように大きな声と一緒に頭を下げた。

 よかった。お客様だ。

 これで一人じゃない。怖くない。

 


(それにしても、この変な匂いは外から入ってきたのかな?)



 今もなお続く悪臭に顔を歪ませながら、私は男性の背を追った。

 男性は踵を引きずるような歩き方で、雑誌コーナーへ向かっていく。


 ズッ、ズッ、ズッ——


 靴底が濡れているのか、歩くたびに黒いシミが床に広がっていく。

 雨が降っていたのかな。

 外に目線を向けるも、そんな様子はなかったし今日の天気予報は一日中晴れだ。道路も乾いている。


 不思議に思いながら、私はお客様の様子を窺った。

 雑誌棚の前で、微動だにせず立ち尽くす男性のお客様。


 見つめること三分。立ち読みをすることもなく、目当ての雑誌を探すそぶりもなく、ただただ、そこで立ち尽くしていた。


(なにしてるんだろう……もう三分も動いてない)


 それから二分、失礼だと思いつつも見つめていても動く気配はなかった。

 誰かと待ち合わせ?

 いやまさか、私が居なくなるのを待っている?

 

(はっ……まさか、万引き?)


 油断した私の目を盗み、あの男性はいかがわしい雑誌をあのビジネスバックに押し入れるつもりだ。


 その可能性に気づいてしまった私は、防犯カメラに視線を移した。

 もし仮に、万引き犯だったとして。

 私だけの証言じゃ覆されるかもしれない。

 決定打になる証拠が必要だ。

 しかし、ここの防犯カメラはたまに調子が悪くなる。

 砂嵐になって見られなくなることがあり、今このタイミングでそうなっていたらマズい。


(確認して来なきゃ)


 急いでバックヤードに戻り、カメラが映っているのを確認してこの場に戻る。

 それだけなら十秒もかからない。

 よし、やろう。暇だし。

 私は男性に目線を向けたまま、バックヤードに入る。瞬間、走って監視カメラの映像が映っているディスプレイに目を向けた。



「よかった、問題なく映ってる」



 複数ある防犯カメラには、いつも通り店内と店外の様子が映し出されていた。

 そこにはしっかり雑誌コーナーを映すディスプレイもあり、不具合はなさそうだった。



「よし、戻ろ……あれ、居なくなってる……」



 雑誌コーナーを映すカメラに、先ほどまで居たはずの男性が映っていなかった。

 移動した? この一瞬で?

 私は他のディスプレイにも目を向ける。

 けれど、店内どころか店外のカメラにも、あのスーツを着た男性の姿はなかった。



「嘘、逃げ足はや……もしかしてもう盗まれたんじゃ」



 と、隈なくカメラの中を覗いていると、突如として画面に亀裂が走り、歪んでいく。やがて砂嵐となって全てのカメラが使い物にならなくなった。


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最弱な私の背後(うしろ)が、どうやらラスボス級らしい ~霊感少女は今日も気絶して生き残る~ 肩メロン社長 @shionsion1226

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