夕闇のコンビニバイト①
「はあ、きょうも友達できなかったなあ」
放課後。私は深いため息を吐きながら教室を後にした。
高校生活が始まって半月。クラスメイトたちはそれぞれいくつかのグループが出来上がり、みんな楽しそうに学校生活を送っている——にも関わらず、私は相変わらず孤立していた。
どこのグループにも所属することができないまま。
みんな、気さくに挨拶や用事がある時は話しかけたりしてくれるのに、遊びに誘ってくれたり、お昼を一緒にしてくれたり、放課後に喫茶店やゲームセンターに行ってくれる人はいない。
(嫌われている……のかな。自覚がないだけでイジメられてる?)
このままだと、中学の二の舞だ。せっかく二千円もした『友達作りマニュアル・改訂版』が無駄になってしまう。
「積極的過ぎると引かれるって書いてたしなあ……どうしよう。このまま修学旅行を迎えるって考えると死にたくなるよ」
中学時代の孤独な修学旅行を思い出す。残り者で組まされたグループでも孤立し、挙げ句の果てには街中で置いていかれ、変質者に追いかけられるという恐怖まで味わった。
あんな思いは二度としたくない。
「まあその前に、体育のペアが見つからなさそう……」
そうでなくても、グループ分けで残ってしまうのだ。運動音痴も相まって、体育の時間が苦痛過ぎて鬱になりそうだった。
「まあ考えてても仕方ないよねー……あ」
階段を降りた先で、見知った黒髪がさらっと揺れた。
私よりも少し背が高くて、モデルさんのようなスタイル。
夕焼けを反射した黒髪はポニーテールに結われ、その繊細さは日頃からしっかり手入れされていることがわかる。
後ろ姿でもわかる。あの人は、数日前にトイレの花子さんから私を救ってくれた先輩だ。
名前は、
「
「ん? ——っ」
私が先輩の名前を呼ぶと、振り返った彼女はギョッと顔を歪ませた。そして陸上選手も驚くほどの速度で廊下を駆け抜けていった。
「ちょ、え、まって先輩なんで逃げるんですかああああ!」
「こ、小日向さん、廊下は走っちゃだめよ!」
「先輩もめちゃくちゃ走ってるじゃないですか!」
「……おかしいわ。どうしてこの子、この速度について来られるの……っ!」
必死に追い縋った私は、御門先輩の腰に抱きついて無理やり引き留めた。
先輩は、肩で息をしながら諦めたようにため息を吐く。
「こ……こんにちは、小日向さん」
「この流れで挨拶? えと、はい。こんにちは、先輩」
「じゃ、用事があるから」
「ちょっとなんで避けるんですかあああ!」
「避けてるわけじゃないわよ……いいから離しなさい」
「逃げないって約束してくれます?」
「……ええ。わかったわよ。全く、どうして……不幸だわ」
困ったようにこめかみを抑えて、御門先輩はようやく逃げるそぶりをやめてくれた。
私は安堵して先輩のくびれに巻いていた腕を離す。
「それで、どうかしたの? また変なものにでも襲われた?」
「いえ、特には……って、先輩。やっぱりこの前のアレって幽霊か何かなんですか?」
「……。あなた、自覚ないの?」
「え?」
自覚? 私は小首を傾げた。
御門先輩は、面倒くさそうに腕を組む。
「そう。あなた、守られてるのね」
「守られてる? もしかして、守護霊的な?」
「守護霊? ふふ、そんな生やさしいモノじゃ……いいえ。知らないなら知らない方がいいわ」
「?」
「ともかく、あなたは私と同じでこの世のものではないモノ……まあ俗に言う幽霊が視える体質ってわけよ。今までも視たことあるんじゃないのかしら?」
そう言われ、私は記憶を掘り返す。幽霊……幽霊?
確かに、思い返してみると不思議だなーということは多々ある。
けれど、前回のように一目で幽霊とわかるようなモノは視たことがないし、襲われたこともない……はず。
「多分、花子さんが初めてだと思いますよ。実際に幽霊を視たのって」
「あなたが気が付かないだけで他にも視ているはずよ」
「えー……だって、幽霊って足がなかったり、白いワンピースで髪が長い感じですよね? 貞子的な。やっぱりやっぱり視たことないです」
「それは創作での話。霊感の強弱はあるけれど、あなたレベルだとそこらを歩いている人間と区別がつかないほどにくっきり視えるはず。だから気が付かないうちに霊と遭遇している可能性もあるわね」
「へえ」
先輩は博識だなあ。そんなことまで勉強しているんだ。
私はふむふむと頷きながら先輩を尊敬の念を込めて見つめた。
「じゃあ、クラスメイトだと思ってた人が実は私にしか視えてなかった、的なこともあるんですか!?」
「ええ。あるあるね」
「ふえええ〜。先輩もそういうことあったんですか?」
「……まあね。あまり思い出したくないけど」
怖かった……ではなくて、どこか悲しげに目を細めた。けれどそれは一瞬で、すぐにいつものクールでキリッとした目つきに変わった。
「往々に、霊感が強い人ほど霊を惹きつけるわ。取り込んで、自身の存在力を高めるためにね。私は身を守る術があるから大丈夫だけれど、あなたも気を付けなさい」
——余計なお節介かもしれないけれど。
先輩はそう言って踵を返した。
私はその後を慌てて追う。
「あ、待ってください、先輩!」
「言ったでしょ、この後用事があるの」
「うぅ……それは仕方ないです。でも、最後にひとつだけお話訊いてもらってもいいですか?」
先輩の一歩後ろを歩きながら、今抱えている悩みを打ち明けた。
「クラスで私、孤立しちゃってて。どうしたら友達ができるのか、先輩に教えて欲しいんです。先輩、カッコいいし美人だから、友達多そうですし。なんなら、猫にだって嫌われちゃうんですよ」
「………」
ピタッと足を止めて、御門先輩は視線だけをこちらに向けて言った。
「残念ながら、一般的な方法で友達を作るのは難しいと思うわ。あなたの場合」
「え……?」
「あなた自身に問題がある……ってわけじゃないけれど。ソレをどうにかするか、あるいはそれと同等かそれ以上の人間じゃなきゃ、あなたと友達になることはできないわ」
先輩は私の顔を凝視しながら言った。
いや、違う。私の肩越し……背後に向かって。
私は恐るおそる背後を振り返ってみたけれど、そこには夕焼けに照らされた廊下が続いているだけだった。
人ひとりいない。
「あの……もしかして、私に何か憑いてます?」
「……さあ。余計なこと言って怒らせるのも嫌だし」
「やっぱり何か憑いてるんですか!?」
「心配しなくても、あなたに危害を加えるようなモノじゃ——」
瞬間、先輩はえずいた。口元に手を当て、汗を額に浮かべながら震えている。
私は先輩の背に手を伸ばそうとしたけれど、ひらっと体を
「やっぱり、十分が限界ね……っ」
「せ、先輩大丈夫ですか!? ほ、保健室——いや救急車!?」
「安心して。大丈夫だから。とにかく、私は用事があるから先に行くわね」
「で、でも……っ」
「大丈夫だから」
先輩は、有無を言わさぬ瞳で私を制止させると、体を丸めながら歩いていく。
その背を、私は黙って見送るしかなかった。
「——バイト」
「え……?」
廊下の突き当たり。そこで先輩が、幾分か顔色の良くなった先輩が言った。
「クラスで居場所ができないのなら、社会に出て見つけるしかないわ。もしかしたら、あなたと対等の友人になれる人が現れるかもしれない。難しいかもしれないけれど」
「バイト、ですか」
「今のうちに社会勉強しておくのも大事よ。お金も貯められるし。じゃあ、さようなら。小日向さん」
バイトかあ。
先輩と別れ、帰り道を歩きながら反芻する。
確かに、先輩の言う通りだ。
クラスでの友達作りを諦めるつもりはないが、バイト先で築ける友情もあるのかもしれない。
他校の女の子と仲良くなる機会もあるかもしれないし、社会人のお姉様とも繋がれるかもしれない。
それに、どうせ学校が終わっても家でぼけーっとテレビとスマホを眺めるだけだ。
「よし、バイトしよう!」
私は早速求人サイトを覗いた。
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