第2話:円満退社と、まさかの『ステータス半減』解除

「レオ。――君、勇者に向いてないから辞めていいよ」


 宿屋『金猫亭』の食堂に、私の宣告が響き渡った。  周囲の冒険者たちが息を飲む気配がする。  無理もない。勇者パーティのリーダーである聖女が、あろうことか「勇者」をクビにしようとしているのだから。普通なら修羅場だ。涙と罵声が飛び交う、ドロドロの展開になるはずだ。


 レオは目を丸くして、口をパクパクさせている。  そして、おそるおそる口を開いた。


「え、えっと……アリア姉ちゃん? それって、マジ?」

「ええ、大マジよ。私の目は節穴じゃないわ。あなたが限界なのは分かってる」


 私は腕組みをして、彼を見下ろす。  すると、レオの顔色がサァッと変わった。青ざめたのではない。  カァッと、まるで恋する乙女のように紅潮し、その瞳がキラキラと輝き始めたのだ。


「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 レオはガタッと椅子を蹴倒して立ち上がると、両手を突き上げた。


「マ、マジかよ! いいのか!? 本当に辞めていいのか!? 俺、もう重たい剣を振り回さなくていいのか!?」

「……ええ。いいわよ」

「うおおおおお! 神様、仏様、アリア様ぁぁぁ!」


 レオは私の手を取ってブンブンと上下に振った。  そのあまりの喜びように、周囲の野次馬たちが「えっ?」と引いているのが分かる。


「実はさ! 俺もずっと言おうと思ってたんだよ! 俺さ、魔王とか世界平和とか、ぶっちゃけ荷が重すぎて胃に穴が空きそうだったんだ!」 「知ってるわよ。毎晩うなされてたものね」 「そうなんだよ! 俺が本当にやりたいのは、魔物を切ることじゃない。魔物を『切って、煮て、焼く』ことなんだよ!」


 レオは熱っぽく語り出した。


「この前のオークのバラ肉だって、あれはただ倒すだけじゃダメなんだ。筋繊維に沿って解体して、特製のハーブ塩で三日漬け込んでから弱火でじっくり……そうすれば、口の中でとろける究極の角煮になるんだよ! 俺は剣より包丁を握りたいんだ!」


 目を輝かせて「究極の角煮」について語る勇者。  うん、やっぱり私の判断は間違っていなかった。  この子は戦場にいるべきじゃない。厨房にいるべきなのだ。


「分かった、分かったから落ち着きなさい」


 私は興奮するレオを座らせると、アイテムボックスから新たな羊皮紙を取り出した。  先ほどの家計簿ではない。  もっと分厚い、公的な書類の束だ。


「はい、これ」

「……なにこれ?」

「『勇者辞退届』と『パーティ離脱同意書』。王都の神殿と冒険者ギルドに提出する分、全部私が代筆しておいたわ。あとはあなたのサインだけでいいようにしてあるから」


 ズイ、と書類を突きつける。  さらに、私は革袋を一つ、テーブルの上にドンと置いた。  中身がジャラリと重たい音を立てる。


「それから、これ」

「えっ、お金?」

「退職金よ。あなたが今まで稼いだ分と、私がコツコツ貯めていた『勇者更生積立金』の解約分。王都の一等地で店を借りるくらいの額はあるはずよ」


 レオは口をあんぐりと開けて、書類と革袋、そして私の顔を交互に見た。  隣で見ていた盗賊のミナが、引きつった笑みを浮かべる。


「アリア……あんた、準備良すぎない? いつから用意してたのよ」

「半年前からよ。レオがスライム相手に剣を空振って、逆にスライムを食べて『これはいける!』って叫んだ時からね」

「怖っ。あんたを敵に回したら絶対ダメなやつだわ……」


 ミナが身震いする横で、ガイルは「ふむ」と小さく頷き、私のココアにおかわりを注いでくれた。  本当に、よくできた男(ひと)だ。


「アリア姉ちゃん……」


 レオが震える手で革袋を握りしめた。  その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「ありがとう……! 俺、こんなダメ勇者だったのに、ここまで考えてくれてたなんて……!」 「勘違いしないで。これは手切れ金よ。もう二度と、私の前にその『修理費の請求書みたいな顔』を見せないでちょうだい」

「ううっ、厳しいけど愛を感じるよ! 俺、絶対最高の店を作るから! アリア姉ちゃんたちがいつ来ても、タダで腹一杯食わせるからな!」


 レオは涙を拭うと、羽ペンを奪い取るようにして書類にサインをした。  迷いのない、綺麗な筆跡だった。


 その瞬間だ。


『契約解除を確認。パーティ<勇者の希望>の解散手続きを完了します』


 無機質なシステム音声(アナウンス)が、私たちの頭の中に直接響いた。  それと同時に、私たちの体を包んでいた見えない薄膜のようなものが、パリンと音を立てて砕け散った感覚があった。


「ん? なんだ今の?」


 ミナがキョロキョロと辺りを見回す。  私も首を傾げた。今の感覚は、強力な呪いが解けた時のものに近い。


「……アリア、ステータス画面を」


 それまで黙っていたガイルが、鋭い声で言った。  促されるまま、私は空中に指を走らせてステータスウィンドウを開く。  そこには、信じられない文言が表示されていた。


【システム通知】 『特殊クエスト「勇者の守護者」終了』 『常時発動デバフ:<勇者の試練>が解除されました』 『効果消滅:パーティメンバー全員の全ステータス50%ダウン』


「は……?」


 私の思考が停止した。  50%ダウン?  え、半分?  じゃあ、私たちが今まで必死に戦ってきたあの苦行は……。


「うっそでしょ!?」


 ミナが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。


「あたしたち、今の今まで実力の半分しか出せてなかったってこと!? あのオーガキングも、本来なら半分の時間で楽に倒せてたってわけ!?」 「……どうやら、そのようだな」


 ガイルが自身の掌(てのひら)を握ったり開いたりしながら、低い声で唸る。


「体が軽い。まるで重りが外れたようだ。……これなら、魔王城の門番ごとき、デコピンで吹き飛ばせるかもしれん」

「ちょ、ガイル、冗談に聞こえないからやめて」


 私は額を押さえた。  なんということだ。  神様は、未熟な勇者を守りながら成長させるために、パーティ全体に『ハンデ』を課していたらしい。  レオという重荷(物理)と、ステータス半減という重荷(システム)。  私たちは二重の足かせをつけて、ダンジョンの最前線を走っていたのだ。


「あはは! なんかよく分かんないけど、みんな強くなったってこと? よかったじゃん!」


 一人だけ状況を理解していない(そもそもステータス画面を見る習慣がない)レオが、満面の笑みで荷物をまとめている。


「それじゃあ俺、早速王都に向かうわ! この最高の食材(オーガの肉)が腐る前に仕込みをしないと!」

「ちょ、レオ! 少しはしんみりしなさいよ!」

「無理無理! 今の俺は希望に満ち溢れてるんだ! じゃあな、アリア、ガイル、ミナ! 達者でなー!」


 レオは軽やかなスキップで、宿屋の出口へと向かっていく。  その背中には、悲壮感の欠片もない。  あるのは、ブラック企業を退職した直後のサラリーマンのような、突き抜けるような解放感だけだった。


「……行っちゃったわね」

「ああ」

「嵐のような勇者だったわね……」


 取り残された私たち3人。  しかし、不思議と空気は重くない。  むしろ、ステータス半減が解除されたせいか、体の中から力が湧いてくるのを感じる。


「さて」


 私は大きく背伸びをした。  ポキポキと背骨が鳴る。


「赤字の元凶はいなくなったし、謎の呪いも解けた。……これからの私たちは、誰に遠慮することなく稼げるってわけね」


 ニヤリと笑うと、ミナが「さすがアリア、転んでもタダじゃ起きない」と肩をすくめた。  そして、ガイルが。


「アリア」

「ん、なに? ガイル」


 彼はゆっくりと私の方を向き、いつになく真剣な眼差しで見つめてきた。  その深海のような瞳に吸い込まれそうになる。


「これからは、俺が前衛でお前の視界を遮ることも減るだろう」

「え? どういうこと?」

「……いや。なんでもない」


 ガイルはふいっと視線を逸らし、耳を少しだけ赤くした。  

「ただ、これからは……もっと楽に、お前を守れるというだけだ」


 その言葉の意味を、私はまだ深く理解していなかった。  ただ、一つだけ確かなことは。  明日からの冒険が、劇的に変わるということだ。


 私たちはまだ知らない。  リミッターの外れた私たちが、どれほど「規格外」の強さになってしまったのかを。  そして、邪魔者(レオ)がいなくなったことで、鉄壁の騎士様の愛情表現がどれほど暴走することになるのかを。


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2026年1月18日 18:00
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『君、勇者に向いてないから辞めていいよ』と幼馴染をクビにした結果、パーティは最強になり、私は鉄壁の騎士様に溺愛されることになりました ベジタブル @kazuyakibou

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