『君、勇者に向いてないから辞めていいよ』と幼馴染をクビにした結果、パーティは最強になり、私は鉄壁の騎士様に溺愛されることになりました
ベジタブル
第1話:聖女の我慢と、パーティの財政は限界です
「――レオ、右! 避けなさい!」
私の叫び声は、爆発音にかき消された。
「うおっぷ!? 足、足がぁ!」
「チッ……!」
情けない悲鳴を上げる勇者レオ。 その前に、黒い巨岩のような影が滑り込む。
ドゴォォォォォン!!
ダンジョンの最奥、ボス部屋に衝撃が走る。 本来ならレオが受けるはずだったオーガキングの巨大な棍棒の一撃を、重戦士のガイルがその身一つと大盾で受け止めていた。
「ガイル!」
「問題ない。……アリア、回復を」
「分かってる! 『聖なる癒しよ、守護者の傷を塞ぎたまえ(ヒール)』!」
私は杖を振りかざし、即座に中級回復魔法を発動させる。 淡い光がガイルの体を包み込むのを確認するや否や、私はすぐさま次の呪文の構築に入った。
「ミナ! ボスのヘイトがガイルに向いてる今のうちに、背後のマナ・クリスタルを破壊して!」 「了解! まったく、世話が焼ける勇者様だこと!」
盗賊のミナが猫のような身軽さでボスの背後へ回り込む。 私は、まだ地面で尻餅をついているレオに向かって怒鳴った。
「レオ! いつまで寝てるの! 剣を構えて! あなたがトドメを刺さないと、この『魔王の瘴気』は晴れないのよ!」
「わ、分かってるよアリア姉ちゃん! 今やるって!」
レオ・ブライト。二十歳。 王都の神殿より『勇者の神託』を受けた、私の幼馴染。 赤毛の跳ねっ毛に、人懐っこい童顔。見た目だけなら、物語に出てくる主人公そのものだ。
見た目だけなら。
「いくぞぉぉぉ! 必殺、ブレイブ・スラッシュ!!」
レオが雄叫びと共に、王家から賜った聖剣を振り上げる。 しかし。
「――あっ」
ゴチンッ!
勢い余って踏み込んだ足が、瓦礫に滑った。 聖剣は空しく空を切り、レオは再び派手にすっ転ぶ。
「グオオオオオオ!」
好機と見たオーガキングが、無防備なレオに向かって拳を振り下ろす。
「させるか」
ガイルが盾を投げ捨て、自らの体をレオの上に覆いかぶせた。 鈍い音が響く。ガイルの鋼鉄の鎧がひしゃげる音だ。
「ガイルッ!!」
「……ぐ、う……」
私の悲鳴に近い詠唱で、再び回復魔法が飛ぶ。 結局、その後の戦闘は泥沼だった。 ガイルが全ての攻撃を受け止め、ミナが敵を撹乱し、私が魔力枯渇(MP切れ)ギリギリまで支援と回復を回し続ける。 そして最後は、ミナが爆弾でボスの体勢を崩したところに、私が身体強化(バフ)をこれでもかと掛けまくったレオが、なんとか剣を当てる(・・・)ことで勝利した。
ファンファーレなんて鳴らない。 あるのは、私たちの荒い息遣いと、私の胃の痛みだけだった。
◇ ◇ ◇
迷宮都市の宿屋『金猫亭』。 私たちは、いつもの定位置である食堂のテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には、豪華な戦利品――ではなく、山のような羊皮紙の束が積まれている。 パーティの家計簿だ。
「……ふぅ」
私は重いため息をつきながら、羽ペンを走らせていた。 カリカリカリカリカカリ……。 静まり返った食堂に、私のペン先が羊皮紙を削る音だけが響く。鬼気迫る音だったのか、他の冒険者たちは私たちを遠巻きに見て見ぬふりをしている。
「あー、腹減ったなぁ。ねえアリア、今日の夕飯まだ? 俺、あのボスの肉でステーキ焼きたいんだけど」
空気の読めない明るい声が、私のこめかみの血管をピクリと震わせた。 レオだ。 彼は能天気にメニュー表を眺めている。
「……レオ」
「ん? 何?」
「黙ってて。今、計算が合わなくてイライラしてるの」
私の声は、自分でも驚くほど低かったらしい。 隣で短剣の手入れをしていたミナが「ひえっ」と小さく声を上げ、さらに椅子を離した。
私の右隣には、ガイルが座っている。 彼は何も言わない。 ただ、私が計算に行き詰まって眉間に皺を寄せると、スッとマグカップを差し出してくれた。
「……ココアだ。蜂蜜を多めに入れてある」 「……ありがとう、ガイル」
温かい湯気が、ささくれ立った心を少しだけ溶かしてくれる。 ガイルは寡黙だ。身長190センチを超える巨漢で、顔には古傷があり、一見すると魔物より怖い。 けれど、誰よりも私のことを見てくれている。 今日も、私の回復が間に合わなかった分を、彼は自分の体で受け止めてくれた。包帯だらけのその腕を見るたびに、胸が締め付けられるような罪悪感が込み上げてくる。
(もし、ガイルがいなかったら。私たちはとっくに全滅していた)
私は再び、手元の羊皮紙に視線を落とした。 そこにある数字は、無慈悲な現実を突きつけている。
――今月の収支、赤字。 ――累積債務、危険水域。
原因は明確だ。 『最高級ポーション代:5本』 『聖剣の研磨・修理費』 『レオの防具修繕費』 『賠償金(レオが酒場で壊した備品代)』
稼ぎは悪くない。私たちはSランクに近い実力がある(レオを除いて)。 けれど、レオを守るための経費(コスト)が異常なのだ。 彼が一度転ぶたびに、ポーションが消える。 彼が剣を弾かれるたびに、修理費が飛ぶ。 そして何より――ガイルの怪我が増える。
「……もう、限界ね」
ポツリと、言葉が漏れた。 それは、パーティの財政のことでもあり、私自身の心のことでもあった。
「ん? 何が限界なの? アリア姉ちゃん、もしかして腹減りすぎて限界? 俺が特製オムレツ作ってやろうか!」
レオがニコニコと笑いながら、厨房の方へ立とうとする。 悪気はないのだ。 彼は、本当にいい子だ。優しくて、純粋で、料理が上手で。 幼い頃、熱を出した私にリンゴを剥いてくれた優しい弟分。
だからこそ、私が言わなきゃいけない。 保護者気取りで、なぁなぁにしてきた私が、決断しなきゃいけないんだ。
バンッ!!
私は勢いよく羊皮紙の束をテーブルに叩きつけた。 店中の視線が集まる。レオがビクッとして動きを止めた。
「座りなさい、レオ」
「は、はい」
私は深く息を吸い込み、幼馴染の碧眼を真っ直ぐに見据えた。 私の隣で、ガイルが静かに腕を組む。ミナが「ついに来たか」という顔で頬杖をつく。
「単刀直入に言うわ」
私は震えそうになる声を、腹に力を入れて抑え込む。 これは感情論じゃない。経営判断だ。 そして何より、あなたを死なせないための、愛ある選択なのだから。
「アリア……?」
不安げに私の名を呼ぶレオ。 ごめんね。でも、もう無理なの。 私の魔力も、あなたの胃袋も、パーティの財政も。そして、ガイルを傷つけ続けるこの状況も。
私は、パーティリーダーとして、そして姉代わりの幼馴染として、最後の通告を口にした。
「レオ。――君、勇者に向いてないから辞めていいよ」
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