第3話 最悪だ

解放されたのは朝方だった。

オレはベッドで眠っているユーリをそのままに自室に帰った。

入浴のため、服を脱ぐと至る所に赤い花が咲いていた。


「……マーキングか何かかな」


噛まれた後は手酷くはされなかった。寧ろ優しかった。

それが逆に気になって仕方がなかった。

しかし、首元の噛み跡は湯に染みる。


「ったく、本当に獣だな」


入浴を済ませたオレは深く眠りに付いた。



ーーああ、まただ。

頭の中に断片的に記憶が流れてくる。


笑っているユーリがオレを抱きしめている。


ベッドの上でもオレを抱きしめていた。楽しそうに何かを話していた。

繋がれた手は恋人のようだった。


『ーーーーー』

ユーリがオレに向かって何か言っている。笑って、手を伸ばす。

オレもその手を取ったと同時にユーリの瞳が赤く禍々しく染まった。



「ーート様。アルト様。朝ですよ」


「ん、ああっ、おはよう」


「おはようございます」


相変わらず無表情のユーリだった。

体を起こすとみるみる無表情のユーリの顔が青ざめていく。


「……それ、なんですか?」


「え?」


覚えていないのか?


思わず口から出てしまいそうになった。やっぱり、あの時のユーリはおかしかった。

そう確信が持てた。


「これは……なんだろうな。オレもそういう年だから」


「その方は、……とても独占欲が強いのですね」


「あー……うーん、うん、かもな」


夢の中で流れた記憶だとオレたちは恋人同士みたいな雰囲気だった。

オレはユーリの顔を見た。無表情なはずなのに内側は酷く悲しみ怒り狂ってるかのようだった。


「この首の噛み跡、痛くないですか?回復魔法かけますね」


「怒っているのか?」


「……そう、見えますか?」


「うん」


噛み傷が治っていく。オレはユーリをちらり、と見た。

ユーリと目が合う。


「なんですか?」


「いや、いつも笑わないなって」


「……壊れてしまったんでしょうね」


錆びたネックレスが見える。もう捨ててもいいようなネックレスなのに、どうしてまだ付けているのだろう。

何かに縋る思いで付けているようだった。

彼はオレの家族だ。例え、オレを1年後に殺すとしても。

普通じゃないことはわかっている。

だが、オレの中のオレがそう言っている気がした。


「お前は壊れてなんかいないよ。オレの大事な家族だろ。ユーリ・アッシュフォード」


真っ直ぐと灰色の瞳を見つめる。

ゆらり、と目の奥に赤い禍々しいそれが揺れる。

ユーリから黒いモヤがまた出始めた。


「ユーリ、1回服を脱いでくれるか?」


「え、なんでですか」


「いいから、早く」


この前はどこから発現しているのか分からなかった。

ユーリが服を脱がせると背中の腰ら辺に変わった印があった。小さな掌くらいの魔法陣が腰下ら辺に刻まれていた。

そこからユーリの黒いモヤと刺青のようなものが出ていた。


「ユーリ、この魔法陣はなんだ」


「……見えるんですか、それが」


ユーリの顔が驚きの顔に変わった。

どうやら他の人には見えていないのかもしれない。

笑った顔ではないが、表情が動いた。

オレはなぜかそれだけでも嬉しかった。


「黒いモヤとか模様とかも見える」


なんとなくこの魔法陣に触れてはいけない気がした。


「アルト様には関係ないことですよ。気にされなくて大丈夫です」


ユーリはさっと服を着てしまう。

関係はある、と言いたかった。無表情の顔に戻ってしまったユーリはいつも通り、オレの身の回りの世話をし始めた。



訓練の合間、オレは兄の部屋にいた。


「アルトが珍しいな。この部屋に来るなんて」


兄であるバルト・シューベルトはくすり、と笑う。オレと同じ黒髪、深海のような暗い青の瞳。

兄のことは嫌いではない。好きでもないが。

執務室の本棚はほとんど兄が大好きな魔法書だ。この屋敷の図書室に置けばいいのになぜか置かない。


「ちょっと知りたいことがあってね」


「僕の本で良ければどうぞ」


「なら図書室に持っていけばいいのに」


「それは絶対にいやだね。僕が集めたんだ。自分の書斎に置いておきたいんだよ。優越感なのかな?見る度に幸せになる」


意味が分からない。

そんな兄を放ってオレはペラペラと本を捲っていく。

だが、中々見つからない。


「……何を探しているんだい?」


「魔法陣のことかな。最近、見てさ、気になったんだよね」


「んー、そしたらこれじゃないかな」


渡されたのは古びた本だった。中をペラペラ捲ると魔法陣の説明がズラズラ書いてあった。ユーリのためじゃなければ投げ捨てているくらいだ。


あるページで手が止まる。


「それ、呪いじゃないか?」


バルトがほら、と魔法陣の下に書いてある文字を指さした。


「アルト……お前」


「違うよ!ただ、このページ気になって」


ユーリの腰にあった魔法陣だった。

解除の仕方はどこにも書いていなかった。


「この呪い、詳しいこと書いてないけど。どういうのか分かんないの?」


「いや、よく見ろって書いてあるだろ」


「文字がいっぱいで読みたくない」


「おい!えーと、ほら、ここ。心から愛した者をを殺してしまう、だって。少しロマンチックだね」


どこが、と吐き捨てる。どう考えてもロマンチックではない。

むしろどこぞの嫉妬野郎が妬み嫉みで呪うような魔法陣だろう。


「ほら、よく読んでみろって。相手が心から愛してくれれば解除されるんだよ」


「はぁ!!?」


思わず大きな声が出てしまった。

「家族」としてならもうすでに愛してる、とも言えなくもない。

それでも解けないということは違う「愛」なのだろう。

きっと、オレの体に刻まれた物が意味しているのはーーー。

最悪な魔法陣だ。


「ほら、ロマンチックだろ」


「絶対違う。だって、一生結ばれない相手だったらこの呪いがかかったやつのせいで相手は死ぬんだろ?」


「まぁ、そうだね」


ーーーオレがあいつを心から愛せば解除される?

無理だ。いや、でも、少しは気にはなっている気がする。


あの夜のこともあるが、あれを抜いたとしてオレはユーリを家族としか思えない。

小さい頃から一緒にいた仲だ。


「兄さん、これ借りていいかな。他の魔法陣も見てみたい」


「人は呪っちゃだめだよ」


「呪わないよ!」


オレはユーリを愛さなければならない、心から。

出来るのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る