第9話 知らない人
キラーラビットとはとてもすばしっこい。なるべくアルト様から目を離さないように戦う。魔法部隊にはしっかり広範囲や魔法攻撃を支持していたがやはり殺り残しが多い。
これではアルト様の負担が大きくなるばかりだ。
胸を貫かれたアルト様を思い出してしまう。ふつふつとした怒りをキラーラビットに向ける
「あー!くそっ!めんどくさい!」
アルト様の苛立っている声を聞く。初めて聞いたかもしれない。
アレンが言っていた通り、虫の居所が悪いのか魔法攻撃でどんどん倒していった。
あっという間に終わってしまった。
私は魔法部隊のところに行き、攻撃の威力は良かったことを伝える。嬉しそうに声を上げたりする者もいた。しかし、私の腹の中は怒りで煮えくり返っていた。
「ただし、その威力は命中率をあげなければただの邪魔にしかならないね」
喜んでいた魔法部隊の顔が青くなっていく。
「ちょ、アルト様!?アルト様!」
振り返るとアレンの腕に縋り付きながら頭を抑えているアルト様がいた。
私は足早に向かった。
「アルト様、大丈夫ですか?」
肩を揺すっても目を覚まさなかった。顔は非常に悪かった。
「とりあえず、部屋に連れて帰ります。アレン、後はお願い出来ますか?」
「もちろんです」
私はアルト様を抱き上げ屋敷に戻った。
馬に揺られても彼は起きなかった。何か夢でも見ているのだろうか。時たま小さな唸り声が聞こえた。
ベッドに横たわせると少し表情が楽になったように見えた。
私はアルト様が起きるまで待つことにした。
心配だった。このまま目が覚めなかったらと思うと怖かった。
扉がノックされ、開くとほ報告書を持ったアレンがいた。
「団長、まだ起きないですか?」
「魔法も使いすぎただろうし、今日はこのまま起きないかもしれないね」
「……みんな心配してました」
「そうか。心配もいいけど、体を休めるように伝えて」
アレンから報告を受け取り中に戻る。
私はそれからもアルト様の側を離れることはなかった。
壁際で窓から見える大きな満月を眺めていた。静かな時間だけが流れていく。雲が晴れ、アルト様の顔を照らす。
「ん……」
眩しさに眉に皺を寄せ、アルト様が目を覚ました。
ああ、良かった。
目を覚ましてくれた。
「……起きられましたか?」
アルト様の顔は私の顔を見て喜んでいるようだった。
「ユーリ、どうして離れた」
なのに少し怒っているようだった。
私は怖い。こんなに幸せなのに、貴方は知らないアルト様だから。
「貴方をお慕いしているからです」
「じゃぁ、オレにキスしてみろよ」
「できません」
してしまったら貴方を殺してしまうから。アルト様は信じられないくらい怖い表情になった。
「それがいけないのか?それがお前を縛り付けているのか?」
低く地を這うような声だった。
ベッドから降りてくるとネックレスを引き千切られた。私の残った小さな奇跡が取られてしまった。
こんなアルト様は私は知らない。
なんなんだ。私の知らないアルト様ばかりだ。まるで意思を持って、私のことを思って動いているようだった。
ネックレスに手を伸ばす。
「か、返してっ」
「なぜ?」
アルト様の瞳の綺麗なサファイヤは怒りによって光が失われていた。
私は膝を付き、床に頭を擦り付ける。
さぞかし無様で哀れな格好をしているのかもしれない。しかし、そのネックレスは私の唯一の希望だった。そして暗闇をひたすら歩く私にとってアルト様がくれた道標にも似ていた。取られてしまうと途端に不安と恐怖の波が押し寄せてくる。
「お願いだから、お願いします」
「お前は!」
頭上からアルト様の悲痛な声が聞こえた。
「……お前は、何を見ているんだ。オレを見ているはずなのに……見ていない。誰を見ているんだ」
「お願いします。返して下さい。お願いします」
私の瞳は床を写していた。ボタボタと落ちた涙がシミを作り始める。
「ふざけるな!お前っ……くそっ」
目の前にネックレスが置かれた。私はすぐさま手に取り胸に抱き締める。
アルト様の顔は酷く傷付いた顔をしていた。
「なんか言えよ。教えてくれよ。オレが分からないんだよ」
アルト様が膝を床に付け、腰を下ろし私と目線を合わせる。
この人は誰だ。まるで私のことを好いているような顔をしている。
涙で濡れた頬を包み込まれた。
その手はとても優しくて、酷く冷たかった。
ゆっくりと視界が赤く染っていく。
「……なぁ、お願いだよ。教えてくれよ」
アルト様の瞳は涙で濡れていた。
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