第10話 愛のかたち
鼻を掠めたのはアルト様の匂いだった。体を起こすとアルト様のベッドで私は眠っていたようだった。
はだけた服に乱れたシーツ。昨日、あの後何があったのか記憶はないが瞬時に理解する。
「アルト様は……?」
ネックレスもないようだった。
意識がはっきりしてくると不安が襲ってくる。
「アルト様!どこですかっ」
部屋の隅々まで探したが見付からなかった。
軽く服を整え、裸足まま騎士団に向かって走った。
食堂に行くと私の慌てように驚いたアレンが目を丸くしていた。
「ユーリさん。どーしたんですか。裸足じゃないですか」
「アルト様を知らないか!?」
「あー、朝方に一人でどこかに向かったそうですよ」
私はアレンの頬を殴った。
大きな音を立ててテーブルの上にアレンが倒れ込む。
賑やかだった食堂がしん、と静まり返った。
「なぜ、一人で行かせた!アルト様は団長だぞ!」
夜勤帯の門にいた男だろうか。アレンの前に割って入る。
「申し訳ありません!私が一人で行かせてしまいました!悪いのは私です!申し訳ありません」
私は団員に向かって拳を振り上げる。
しかし、その拳はアレンによって止められた。
「何してんすか。ユーリさん、その慌てようだと一緒にいたんじゃないんですか!?」
「朝になったら居なくなっていたんだよ!」
「それをこの人のせいにするのはおかしいですよ!八つ当たりじゃないですか!」
私はじくじくと赤くなった拳を見る。確かに八つ当たりかもしれない。アルト様がいなくなってしまったことを人のせいにしている。
きっと門にいた彼は団長を一人で行かすなんて、と渋ったはずだ。冷静になれば分かるはずなのに。
私は自分が情けなくて前髪をぐしゃりと握りしめた。
アルト様がいないとこんなにも無様な男なのだ。
急激に頭が冷えていく。
「……そうだな。アレン、殴ってしまって申し訳なかった。それに貴方にも申し訳ない」
私は深く腰を折って頭を下げた。
「いいっすよ。な?」
「はい。私ももっとちゃんと止めれば良かったです。すみません」
2人の言葉に顔を上げた。私はアルト様がどこに行ったのか気になる。
「アルト様はどこに行くか言っていたか?」
「いえ、ですがあの方向にあるのはアッシュフォード村しかないと思います」
「……アッシュフォード村」
私の故郷だった。
なぜだ。
私のネックレスもなかった。もしかしたら魔法石のことを調べに行ったのか?
「夜には帰る、と言っていました」
待てない。早く追いかけたい。しかし副団長の私が今ここを離れるには行かない。
「いいっすよ。俺が責任持ってここを守ります」
とても頼もしい言葉だった。
「それに今のルークさんがいたらみんなびびっちゃってしょうがないですし!」
「そうだな」
アレンの言う通りだった。私は自分が情けなくて笑ってしまった。
騎士団をアレンに任せ、馬を走らせた。今から行けば夕方前後には着くかもしれない。
暫く走った頃、村が近づいて来ると腰に刻まれた魔法陣が抉るような痛みを感じるようになった。とてもじゃなく馬に乗って居られなかった私は川で顔を洗う。
川に映った私の顔は酷い顔をしていた。あまりの痛さに川に腕を付けて耐える。
『どうして……ユー、リ』
「え……」
アルト様の声が聞こえた。周囲を見渡すが木々が生い茂っているだけだった。
ゆっくりと黒いモヤが私の視界を覆う。
『ユーリ!やめろっ!ぐっ……』
『ユー、リ?……なんで?』
『ユーリ』『ユーリ』『ユーリ』
手が真っ赤に染まる。鉄の臭いに血の生温かい感触も蘇る。
「あああ、アルト様っ」
アルト様が目の前に現れた。
手を伸ばすとアルト様の胸に剣が突き刺さる。花びらのようにひらひらと崩れていく。それを何度も何度も何度も繰り返した。
「いやだっ、なんでっ」
もうおかしくなりそうだった。足が震え、膝から崩れ落ちる。
花びらは血溜まりに変わった。
ゆっくりとそこから幾つもの赤い手が伸びてくる。私の手を、足を、そして体を包み込む。そのままズブズブと液体の中に引き込まれて行った。
液体の中はとても温かかった。まるで抱き締められているようだった。
「ユーリ、お前、呪いに負けんなよ!」
アルト様の声が聞こえた。
目を開けるとゆっくりと手が離れていく。まるで私が自分で立つのを待っていたかのように。
視界が戻っていく。
目の前にはボロボロで傷だらけのアルト様が倒れていた。何があったのか分かってしまう自分がいる。呪いが本気でアルト様を殺しに掛かったのだろう。
「あああっ……」
震える手でアルト様を抱きしめる。
アルト様はまだ温かかった。きっとすぐに冷たくなってしまう。
「もう、戻れないのにっ。好きになってごめんなさい。愛してしまって……ごめんなさいっ」
「ユー、リ」
小さくて掠れた声が耳に入ってくる。ばっ、と顔を上げればアルト様と目が合った。
ーーー生きてる。
アルト様は微笑みながら私の背中に腕を回す。
視界が滲み、アルト様の胸に顔を埋めた。
「アルト様っ!……良かった、良かった。ごめん、なさいっ」
背中に回された手が優しく私を慰めるように叩く。
アルト様が生きていたことを噛み締めるように私は泣いた。
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