第8話 歪んだ幸せ
アルト様の寝着のボタンを1つ1つ外していく。
肌に描かれた病的なまでの花が咲き誇っていた。思わず手が止まってしまうくらいに。
そんな中、アルト様は考え事をしているようだった。
「アルト様、何か深く考えていますね」
「ああ、ちょっとな……違和感が凄くて」
違和感とは、やはりこの印じゃないだろうか。私が付けたと思われるもの。
きっと、アレンが副団長になって私が嫉妬したからだろう。
「それはそれと関係があるのですか?」
アルト様は自分の体を見て困った顔をする。
「……止めさせた方がいいと思います」
そう言いつつも私は、申し訳ない、なんて思っていなかった。アルト様に残る印が嬉しかった。
「それが出来たら苦労しないっていうかさー……嫌でもないしな」
ーーー嫌でもない。
意識は呪いに奪われてしまっているが意思は働いているのだ。嬉しかった。
「髪、結っていきますね」
熱くなった指先がアルト様の髪を撫でる。優しく櫛を通し、掬い上げる。手で押え結っていく。気持ち良さそうにアルト様は目を閉じていた。
ああ、今日も美しい。
「なぁ、今日、久しぶりに街に行かないか?新しい髪紐が欲しいんだ」
街へ行くともう見慣れた景色が広がっていた。今日も同じように賑やかだ。
ただ、違ったのはアルト様が街のみんなに声を掛けられていた。前まで私たちが歩いていたとしても特に何もなかった住民がアルト様に感謝として食べ物等をプレゼントしていく。
お陰で私の手は荷物でいっぱいになってしまった。
歩く度に私が結った綺麗な黒髪が揺れる。ご機嫌そうに笑うアルト様を見るだけで幸せな気持ちになった。
宝飾店の横には私が過去に何度も立ち寄っている装飾品を出している商人がいた。きっと私はまたここで彼のための髪紐を買うのだろう。
「お、ちょっと見せてくれる?」
「これはアルト様、これも良かったらどうぞ」
私は驚いてしまった。何故ならアルト様は街に行こうと誘えば道端にある店など目にも止めず宝飾店に入って行ってたのだから。
アルト様は出された髪紐を見ていく。緋色に深紅に瑠璃色。すみれ色もあった。
何色を選ぶのかな、と予想してみる。きっと、今つけている深紅を選ぶだろう、そう思った。
しかし、彼が手に取ったのは別の色だった。
「……同じ色だな」
そう笑って私の髪と照らす。
アルト様が選んだのはすみれ色だった。やはり戻り過ぎた影響で歪みが起きているのかもしれない。
「アルト様。ひとつよろしいでしょうか」
「なんだよ、急に」
「どうしてこの色なんですか?貴方に似合う色は沢山ありますよ」
私はその色を選んだ理由を知りたくなった。
「……なんとなくだよ」
答える前に前を向いてしまって表情を見ることが出来なかった。
髪紐を店主から受けるとすぐに付けていた。嬉しいかった。幸せだと思った。
しかし、同時に怖くなった。
ーー貴方は誰?
私の知っているアルト様ではない気がした。髪紐を買ったのなら宝飾店に入らなくてもいいのに入って、私のネックレスを買うとも言い始めた。
私はネックレスを握りしめる。
「このままでいいです」
「いや、でもーーー」
「これでいいんですっ。お願いです。本当に大丈夫ですから」
手放せないでいるのは理由があった。
もしこのやり直せない時間の中で何かあった時、どうにかしてくれるかもしれないとい小さな希望が残っていた。
「……わかった。じゃぁ、これにしよう」
アルト様はブレスレットを手に取り私に付ける。サファイヤが1つ埋め込まれたシンプルなものだった。
「これは……」
アルト様と同じ瞳の色だった。
「これならいいだろ。店主、これくれる?」
私達は店を出た。
帰り道、キラキラと光るサファイヤに釘付けになっていた。まるで初めて出会ったアルト様のような光を放っていた。
この人は私のせいで歪ませてしまったのだろうか。
私の知らないアルト様が今、目の前にいる。見た目も喋り方も笑い方も食べ方もそのままなのに。
私の中の棺に眠るアルト様が消えてしまいそうだった。
怖くてたまらなかった。私はアルト様を消したくなくて側から一度離れてみようと考えた。
私の行動は早かった。騎士団に戻ってからアレンを呼び出し明日からのアルト様の身の回りの世話をお願いした。
なるべく顔を合わせないように新人教育に没頭する。
「ユーリさーん。団長とケンカでもしたんですか?めっちゃ不機嫌なんですよー」
訓練場で新人教育をしているとアレンが泣きそうな顔で私にしがみ付いてくる。
アルト様が不機嫌なことなど早々ない。きっとアレンが変なことでもしているのだろう。
「アレン、君が怒らせたんじゃないのか?」
「絶対に俺じゃないと思いますー。ってか、ユーリさんは新人教育無理だからアルト様の側にいて下さいよ」
アレンの目線の先には訓練場で私のストレスの捌け口になってしまった新人達が倒れていた。
「彼らが強くならなければアルト様が悲しむ」
「キラーラビットが出たぞー!」
遠くで団員の声がする。
キラーラビットは私の中で一番嫌いな魔物だった。
「ユーリさん、顔怖いですよ」
「早く支度をしなさい。行きますよ」
私は拳を握りしめ訓練場を後にした。
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