第2話 スラム街のデバッグ依頼
執行騎士を粉砕してから、3日が経った。
俺は今、スラム街の最下層――通称「データ墓場」と呼ばれる場所にいる。
ここは、システムから削除されたNPCのログが堆積する場所だ。
死んだモンスター。
消滅した村人。
エラーで消去されたクエストの残骸。
全てが、ゴミとして捨てられている。
「――よう、料理人サマ。来たか」
声がした。
振り向くと、片目が義眼の男が立っていた。
闇医者――ガルザ。システムの穴を突いて、違法な治療行為を行っている男だ。
「依頼の詳細を聞かせろ。報酬は前払いだ」
俺が言うと、ガルザは鼻で笑った。
「報酬? ああ、これだ」
男が投げてきたのは、錆びついた銅貨3枚。
――は?
「銅貨3枚だと?」
「文句を言うな。スラムじゃ、これでも大金だ」
大金、だと。
銅貨3枚。
パン1個が銀貨1枚。
銅貨100枚で、ようやく銀貨1枚。
つまり、パン1個の100分の3すら買えない。
「――舐めてんのか」
「舐めてねえよ。むしろ、お前に仕事を回してやってる俺に感謝しろ」
ガルザは肩をすくめた。
「お前、追放された身だろ? ギルドの奴らは、お前に賞金をかけてる。生存確認賞金、50万ゴールドだ」
――50万?
「冗談だろ」
「冗談じゃねえ。お前が執行騎士を粉砕したって噂、もう街中に広まってる。システム・ガーディアンを殺した奴は、世界の敵だからな」
ガルザは義眼を光らせた。
「だから、お前が俺の依頼を受けるしかないんだよ。ここ以外に、お前を匿ってくれる場所はねえ。――それとも、今すぐギルドに通報されたいか?」
――クソが。
完全に足元を見られている。
だが、断る選択肢はない。
「……依頼内容は?」
「こっちだ」
ガルザに連れられて、スラムの奥の廃屋に入った。
そこには、ベッドの上で眠る少女がいた。
いや――眠っている、わけじゃない。
[TARGET SCAN]
名前: リナ・■■■
年齢: 14
職業: 【削除済】
レベル: ??■
HP: 0/0
状態異常: [SYSTEM ■REEZE]
生存タイマー: 00:00:00
判定: 死亡処理■■中
――文字化けしている。
ステータス画面の一部が、ノイズで潰れている。
「……これは」
「見ての通りだ。寿命がバグでゼロになった。心臓は3日前に止まってる。だが、システムが『死の処理』に失敗してな。消滅(ロスト)もできず、フリーズしたまま放置されてる」
ガルザが少女の額に手を置いた。
冷たい。
完全に、死んでいる。
「――で、俺に何をしろと?」
「決まってるだろ。再起動させろ」
「は?」
「お前、執行騎士を粉砕したんだろ? なら、死のプロセスくらいハックできるはずだ。――この子を、システムに無理やりログインさせてやれ」
ガルザの目は、本気だった。
狂ってる。
だが、面白い。
「……わかった。やってやる」
俺は少女のステータスをもう一度見た。
レベル: ??■
HP: 0/■
数値が安定しない。
まるで、存在そのものがエラーのようだ。
「――この子、名前は?」
「リナ。それ以上は、データが壊れててわからねえ」
リナ。
名前すら、完全には表示されない少女。
「……面白い素材だな」
俺は呟いた。
素材集め
俺はデータ墓場を歩き回った。
ここには、削除されたNPCの残骸が山ほど転がっている。
視覚データ。
音声ログ。
感情の断片。
全てが、使える「素材」だ。
足元に、光る破片が転がっている。
拾い上げると、誰かの「最後の景色」が映り込んだ。
夕焼け。
畑。
笑顔の子供たち。
――そして、崩壊する村。
「……使える」
[MATERIAL COLLECTED]
・【NPCの遺留キャッシュ】×5
→削除された村人の「最後に見た景色」
・【未達のメッセージ・オイル】×200ml
→送信失敗したパケットの残滓
・【強制終了の残滓】×1塊
→システムフリーズ時の静止エネルギー
これで、いける。
調理開始
廃屋に戻り、少女のベッドの横に魔導コンロを設置した。
「――おい、まさかここで調理するのか?」
「当たり前だ。出来立てを喰わせないと意味がない」
俺はフライパンに【NPCの遺留キャッシュ】を投入した。
ジュゥゥゥ――
フライパンの上で、誰かの記憶が映像として再生され始める。
夕焼け。
笑顔。
誰かの手。
全てが、データとして焼かれていく。
[COOKING PROCESS]
工程1: 視覚データの圧縮
→記憶を多層構造に変換
工程2: 感情ログの注入
→未達メッセージを染み込ませる
次に、【未達のメッセージ・オイル】を垂らす。
一滴、また一滴。
透明な液体が、記憶の層に染み込んでいく。
フライパンの中で、文字が浮かび上がる。
「好き」
「ありがとう」
「ごめん」
送られることのなかった、最後の言葉たち。
それらがノイズのように明滅し、記憶に絡みつく。
「……何だ、これは」
ガルザが呟く。
「遺言だよ。送られることのなかった、最後の言葉だ」
俺は【強制終了の残滓】を砕いて、粉末状にした。
そして、フライパン全体に振りかける。
瞬間――
[CRITICAL ERROR]
物理矛盾検出
感情データのスタックオーバーフロー
処理不能
処理不能
処理不能
フライパンの中で、記憶が暴走し始めた。
喜びと悲しみが同時に存在し、
生と死が重なり合い、
時間が、停止と進行を繰り返す。
映像が逆再生される。
夕焼けが朝焼けになり、また夕焼けに戻る。
笑顔が泣き顔になり、また笑顔になる。
矛盾した感情が、一つの料理に圧縮されていく。
「――完成だ」
俺はフライパンから、半透明の多層ケーキを取り出した。
[RECIPE COMPLETE]
生成物: 【遺言のミルフィーユ(未処理ログの多層圧縮)】
効果: 停止した生存タイマーの強制再起動
副作用: 不明
危険度: SSS-ランク(摂食は自己責任)
ケーキは、虹色に光っている。
見ているだけで、目が痛い。
フォークを刺すと、誰かの笑い声がスピーカーのノイズのように漏れ出す。
「――あはは、あはははは」
歪んだ笑い声。
気持ち悪い。
最高に、気持ち悪い。
「――食わせるぞ」
俺は少女の口を開け、ケーキを押し込んだ。
再起動
[FORCE FEEDING DETECTED]
対象: リナ・■■■
摂食物: 遺言のミルフィーユ
処理: 開始
[SYSTEM REBOOT]
生存タイマー: 00:00:00 → ERROR
HP: 0/0 → 再計算中...
状態異常: [SYSTEM ■REEZE] → 解除試行中...
少女の身体が、ビクンと震えた。
そして――
ガハッ!!
少女が咳き込み、目を開けた。
「――が、は、ぁ……!!」
苦しそうに、喉を掻きむしる。
涙が溢れ出る。
だが、生きている。
[REBOOT SUCCESS]
リナ・ヴォイド: 再起動完了
HP: 1/■
生存タイマー: 00:23:59(残り時間)
状態異常: [バグ依存体質]
レベル: ■?1
――やはり、文字化けしている。
HPの最大値が表示されない。
レベルも、数値が安定しない。
まるで、彼女の存在そのものが、エラーデータのようだ。
「――成功、か」
ガルザが呆然としている。
少女は、ベッドの上で震えながら、俺を見上げた。
「……ぁ、あ……味、最悪……」
掠れた声。
「脳の芯が、ショートして、煙が出そう……これが、あなたの言う『料理』なの……?」
「そうだ。地獄の味だろ?」
俺は冷たく言い放った。
「勘違いするな。お前を助けたのは、善意じゃない。ただの**『デバッグ』**だ。俺の料理が、死の処理プロセスを書き換えられるか試したかっただけだ」
少女――リナは、震える手で喉を押さえた。
「……デバッグ、私が……?」
「ああ。その不味さが、お前の存在をこの世界に繋ぎ止める**『アンカー(楔)』**だ。お前は今、俺が作ったバグを喰らって、無理やりログイン状態を維持してるだけの幽霊なんだよ」
俺はリナのステータス画面を彼女の視界に表示させた。
[WARNING]
リナ・ヴォイドの生存タイマー
残り時間: 00:23:47
24時間ごとに「未処理ログ」を摂取しなければ
強制ログアウト(死亡)します
「24時間ごとに、俺の料理を喰わないと、お前は消える。バグ依存体質――お前は、俺の料理中毒者になったんだ」
リナは、しばらく黙っていた。
そして――
笑った。
「……ぷっ、あはは」
乾いた笑い。
「何が、おかしい」
「だって――神様が勝手に私の命を奪おうとして、あなたがそれをバグで書き換えて、私は地獄の味を喰わされて生き延びる」
リナは涙を流しながら笑った。
「最高じゃない。クソッタレな世界への、完璧な復讐」
彼女は俺を睨んだ。
目が、光っている。
「なら、いいわ。神様が勝手に私をログアウトさせたっていうなら、私はあなたのバグに寄生して、このクソッタレな世界に居座ってやる」
――こいつ。
死にかけの少女だと思っていたが、違う。
こいつは、歩く爆弾だ。
「――ねえ、次の食事(パッチ)はいつ?」
「お前の腹が減るのが先か、世界のシステムが修正(アップデート)されるのが先か」
俺は肩をすくめた。
「……どっちにしろ、次の素材を狩りに行くぞ。お前を維持するための『未練(データ)』は、まだスラムに山ほど落ちてる」
「いいわよ。――あ、でも一つだけ」
リナがベッドから立ち上がった。
ふらつく足。
それでも、しっかりと立っている。
「報酬は? あなた、銅貨3枚しかもらってないんでしょ? 私を食わせる金、あるの?」
――クソ。
図星だ。
「……考える」
「考えるって、どうやって?」
「ギルドから、賞金首を狩る」
俺は廃屋の外を見た。
スラムの向こう、遠くに見える王宮の塔。
あそこに、俺を追放した奴らがいる。
「50万ゴールドの賞金首――つまり、俺――を狩ろうとする奴らが、これから来る。そいつらを逆に狩って、装備を売る」
「……本気?」
「ああ。どうせ、お前を食わせるには金がいる。パン1個すら買えない銅貨3枚じゃ、話にならねえ」
リナは、また笑った。
「最高。じゃあ、私も手伝うわ」
「お前、戦えるのか?」
「わかんない。でも――」
リナは自分のステータス画面を見た。
レベル: ■?1
HP: 1/■
スキル: ■■■
「私のステータス、バグってるでしょ? 使えるかもよ、このエラー」
――面白い。
こいつ、本当に面白い。
「わかった。じゃあ、パーティー組むぞ」
[PARTY FORMED]
メンバー1: エイト・ノーラン(Lv.1)
メンバー2: リナ・ヴォイド(Lv.■?1)
関係性: 寄生と依存
目的: 生存と報酬
[CHAPTER 2: END]
獲得経験値: 0
獲得金: 3銅貨(パン1個の3/100)
新規フラグ: [バグ依存少女][歩く爆弾]
次回必要素材: 未処理ログ×1
NEXT: 第3話「ギルドからの追跡者」
俺とリナは、データ墓場を歩き始めた。
追放された料理人と、死から逃げた幽霊少女。
どちらも、世界に居場所なんてない。
どちらも、銅貨3枚の価値すらない。
だが――
「――だからこそ、喰らい尽くしてやる」
俺は呟いた。
この世界の、すべてのバグを。
リナが隣で笑う。
「ええ。全部、喰らい尽くしましょう」
――最高の、パートナーだ。
ステータス・ロンダリング 〜レベル1の【削除済】料理人がゴミ素材で世界のバグを喰らい、最強の執行騎士をオーバーキルするまで〜 ソコニ @mi33x
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